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「姿を変えても名前を変えても、妖精の贈り物は有効なのかも知れない」
氷の森の魔法については、僕だって分からないことが多すぎる。
「僕は行くのやめるよ」
「なぜ?」
「ジュンだって、領主様が自分以外の男相手に悩む姿なんて見たくないだろ」
「……ケイトだって、それくらい悩んでしかるべきです」
ジュンは呟いた。
「ブラコンに悩むのより百倍マシじゃないですか。名前を偽って隠れて暮らすより千倍マシじゃないですか」
「え?」
「私はいささか疲れました。これ以上はあなたにも気の毒です。いずれ正体は明かしましょう。でもその前に、少し領主様を困らせてやりませんか」
ジュンは僕の脱ぎ捨てたケイトのシャツを抱きしめて、遠い目をしていた。
「ケイトはね、散々僕をふって来たんです。建前を気にして、男同士の愛なんてあり得ないと、はなから決めつけていたんです。そのケイトが、年下の少年に恋焦がれるなんて……見ものではないですか」
ジュンの暗い笑顔に、僕は背中がぞくりとした。
「禁断の恋に苦しむ者の気持ちを知ればいい。これまでの冷たい態度の報いを受ければいい。自分が放ってきた言葉に、自分で傷付けばいい」
「ジュン?」
ジュンはその漆黒の目を真っ直ぐに鏡の中の僕に向けていた。
「領主様の言葉でいうなら、苦しみを選ぶのだって彼の自由であり、権利です」
ケイトに対して報われない愛を捧げ続けているジュンの、思わぬ怨念を見たような気がした。
「ジュン、そんなの本心じゃないだろ? 君はいつも、ケイトを守ることだけを考えてるのに……」
ジュンは僕をみて、疲れたような笑みを浮かべた。
「大丈夫。ケイトは、私の優しさなど不要なんです。私の忠告を聞く気も、私に守られる気も、さらさら無いのかも知れない」
「どういうこと?」
「……ケイトは貴方に会いに来たのでしょう?」
僕は息を呑んだ。
「知ってたの?!」
「やっぱり……」
僕は両手で口を覆う。
「領主様が午後の会議をすっぽかしたと聞いて、まさかと思ったのですが」
「いつから気付いてたの」
「庭の蹄の跡を見て確信しました。それに、貴方の髪からも微かにケイトの匂いが」
そんな早い段階で! というかさっき僕に抱きついてきた時に、ケイトの匂いを嗅ぎ分けてたってこと? 怖すぎるよジュン……。
「黙っててごめん……」
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