13人が本棚に入れています
本棚に追加
皇女は腹を抱えて笑い出した。父上母上からの、そして家臣たちからの好奇の視線が痛い。頼むから静かにしてほしい。
「私の顔に髭でも生えているのかしら」
「し、失礼しました……」
小生はもうタジタジである。だってあのアリスさんが少年なのだから、この皇女が男だと言われたって小生はもう驚きはしないのだ。
「私、どうしても船乗りになりたくて、男装して船に乗り込んだことがあったの」
「ええ……」
「ひいたわね」
「い、いいえ」
皇女は男装して船に乗り込み、そこで船乗りのダンスを知ったのだそうだ。
話を聞くうちに、彼女は女装して舞踏会を逃げ出した小生に引けを取らないほどのじゃじゃ馬であるとわかった。
「私が貴方を男だと言うのも、当たらずとも遠からずではないですか」
「お言葉ですこと」
二つ目のコースが終わり、再び大きなケーキが運び込まれる。今度は東の海の貿易船を模った菓子だった。
広間の中央には吟遊詩人が現れ、楽器をかき鳴らしながら各地の伝説や事件を歌い始めた。
やがて、恋の歌に差し掛かる。聞くともなく聞いているだけなのに、感情を揺さぶられてしまう。
アリオト。
僕は今隣にいる女性と結婚するのかもしれない。
それでも、こんな恋の歌を聴いて思い出すのは、アリオトただ一人だけだった。
これから恋の歌を聴くたびに、僕はこんな、心をナイフで切り裂かれるような思いをするのだろうか。
ふと、夜風にスズランの香りが漂った気がして目を上げた。飲み干したはずの盃に、いつの間にかなみなみとワインが注がれていた。
何心なく振り返る。立ち去っていくのは、金色の髪の小姓。僕はその小姓を、思わず呼び止めていた。
小姓が振り返る……アリオトであるはずがなかった。似ても似つかない。
皇女は静かにワインを飲んでいる。
小生はまた気がつけば小姓たちの座る席を眺めている。小姓たちはまた次のコースを運ぶ手伝いに出ているらしく、席には誰も残っていなかった。
最初のコメントを投稿しよう!