Ⅶ-2 皇女の頼み (領主目線)

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「あの黒衣の方は、近衛隊長でしたね」  皇女の視線の先には、ジュンが居た。小生と目が合うと、ジュンはその黒い瞳を伏せて会釈した。 「貴方をずっと見ていますのね」  扇で顔を隠しながら、皇女は言った。 「まあ、彼は護衛が仕事ですから」  ジュンはむっつりと押し黙ったまま、食事を口に運んでいた。黒ずくめの衣装にあの表情では、せっかくの美貌が勿体無い。だがスタイルと姿勢がいいせいか、それでも十分に謎のフェロモンを放ってはいた。皇女の目に留まるのも不思議ではない。 「近衛隊長殿が隣に侍らせているのはどなた?」 「え?」  小生は目を凝らす。ジュンが誰かをはべらすなんてことはあまり考えられない。  いつもならジュンの隣にはトーマが陣取っているはずだ。寡黙なジュンの分までトーマが喋りたおすのだ。だが今日はトーマは王の侍従として先ほどから給仕に徹している。    ジュンの隣の席は空いていた。ああも静かだと、横で食べる人も気まずくて、どこかへ退散してしまったのかもしれない。  ジュンが気の毒になりかけたその時、小柄な小姓がジュンの背後に近寄って、彼の肩を叩いた。白金色の髪の少年だ。  小生は目を見開く。少年は慣れない手つきでジュンの盃にワインを注いだ。先ほど、小生が人違いした小姓だろうか。髪が顔を隠していてよく見えない。  ジュンは礼を言ったようだった。唇の動きで、セリフが想像できた。 「ほらあの子よ。私、あの子が給仕しに来てくれるのをずっと待ってるんだけど……制服を着ていないってことは、王宮付きの小姓ではないのかしら。さっきから近衛隊長の給仕しかしていないの」  確かに服装を見るに、彼だけが黒地に金の刺繍の入った衣装である。  宮廷小姓たちは皆、青に銀の刺繍の入った制服を身につけている。では先ほど小生が呼び止めた小姓ではないのだ。  黒服の小姓はジュンに恭しく礼すると、広間から退がっていった。結局顔は分からなかった。  三つ目のコースが運び込まれる。もう流石に食べ飽きているのだが、恐ろしいことに、コースは全部で四つあるのだ。金や銀の食器に盛られた料理が続々と広間に入ってくるが、その列はいつ終わるともしれなかった。  この風習もなんとかならないものか。コース一つで十分ではないか。食べ物が勿体無い。残飯は召使の食事になるとはいえ……そもそも、その食べ残しを与えるという風習も気の毒だ。小生はそんな話をした。皇女は概ね同感だと答えた。 「姫君もやはりそう思われますか……」  明日、城代と執事に提案しよう。どうせ伝統がどうの格式がどうのと反対されるのだろうが。庶民育ちの小生だけでなく、生粋の姫君も同感となれば説得力が増すと言うものだ。指摘できそうなところは色々洗い出しておこう。 「……鬼の居ぬ間の洗濯なんて言ってたらどうしましょう。そんな陰口言われていたら泣ける自信があるわ」 「な、なんの話ですか」  皇女の話はいつの間にか自分の故郷の小姓たちの話に変わっていた。ワインも相当召されたようで、皇女は饒舌だった。 「やだ、聴いてなかったの?」  口では咎めるものの、皇女の表情は最初と比べてかなり打ち解けた様子である。 「そうね、くだらないおしゃべりはこれくらいにしますわ」  皇女の声は少し低くなった。 「……そろそろ大事なお話をしなくては」  小生は皇女の顔を見る。
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