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天使みたいに可愛い子
大学帰りの久華(ひさげ)と晶信(あきのぶ)は晴れた空の下を歩いていた。
「授業まじで眠い。寝そうだった」
今日の授業の感想を晶信は述べた。
「ずっと寝てたもんね」
「やばい、道の途中で寝るかも」
久華の声を聞いて、晶信はまた眠くなった。
「久華はよく起きてられるよな」
「まあ楽しいから」
晶信はまじかよと言わんばかりに驚いた顔をした。そして急に話を変えた。
「今日さ、俺が行ってる店に着いてきてくれない?」
「急だね。どんなとこ?」
「えっとね、女の子と喋るところなんだけど」
「やめとく」
久華はゆっくりとはっきりとした口調で言った。
「待って。違うんだって。聞いてくれ」
晶信は食い気味で言った。久華も何も聞かずに断るのは可哀想だと思い、とりあえず話だけは聞くことにした。
「夜の店だったら俺行かないよ」
「キャバクラじゃないよ?あーキャバクラじゃないっていうか…あの、夜にやってないの。昼から夕方にかけて営業してて。で女の子と一対一で喋るの」
久華は夜ではない店で女の子と一対一で喋る店を想像してみたが、よくわからなかった。
「他には?」
「えっと、メニュー頼んで…あ、金額はカフェぐらいだから万とかいかない。一時間…あ、でも初めての人は三十分、女の子とおしゃべりするだけ」
久華は金額が気になった。今日行くと言っているので手持ちで足りるのかの確認をしたかった。本当に万はいかないのかという視線を向けたが晶信は違う解釈をした。
「あ、あれだよ?枕とかないから。そういうことする店じゃないからさ。まあ店以外でしてる可能性はあるけど…」
最後は自信がないようで、声が小さくなった。
「そっか。いいよ」
「え、いいの?」
「一回だけね」
晶信はその返事を聞いてとても嬉しそうにしていた。晶信の説明はお世辞にも上手いとは言えないが、久華は概ね理解した。要は適正価格のメニューを頼み、一時間女の子とおしゃべりするだけである。
「晶信って女の人と話すの得意だっけ?」
「いや、得意ではないけど…でもまあ、頑張るんだよ」
晶信は何か考えている様子だった。しかしすぐにあることが気になった。
「そういやさ、誘った分際で何言ってるんだって思われるかもしれないけど、久華って女の子と話すの大丈夫なの?たまに女の子に話しかけられてるけど」
晶信はそこを考えずに誘ってきたらしい。久華はよほど一緒に行きたかったんだろうなと思った。
「うーん、そこが問題なんだよね。苦手ではないけど…うーん。そうだな…授業とかのこと聞かれるんだったらいいんだけど、ご飯の誘いとかはちょっとね」
晶信はその発言を聞いて不安になった。
「そうだよな。ごめん。全然久華のこと考えれてなかった」
「いいよ。気になってきたから。それに一回だけだしね」
久華の了承を取れた晶信は言っていた店に案内した。一方、久華は未だにキャバクラのイメージが抜けない。晶信のことは信用しているため、嘘はついてないと考えた。しかし、女の子と話す店と言われればどうしてもキャバクラをイメージせざるを得ない。久華はキャバクラのような騒がしい場所が苦手だったため、不安が消えない。しかし、自分が行くと言った時の晶信の嬉しそうな顔を思い出せば着いていくしかないのである。そんなことを思っていると、晶信が立ち止まった。
「着いたよ」
久華は建物を見ると目を丸くした。晶信が案内した店は、久華がイメージしていたものとは全く違っていたからだ。外観は和風の一軒家。両隣の住宅より明らかに大きく、一際目立っていた。久華が建物に圧倒されていると晶信は引き戸をガラガラといわせながら開けた。
「早田さん、こんにちは」
誰もいない空間に晶信が挨拶すると、奥から三十代くらいの女の人が出てきた。
「ああ!晶信くん、こんにちは」
晶信が早田さんと呼んだその人は、この店の女性オーナーだった。優しげな印象で誰からも好かれそうな雰囲気がある。内装も和風で木の匂いがほんのりとして安心する。今までの不安はどこへやら、女の子と話す場所だということさえも忘れるほどに久華は居心地がよかった。
「いつも来てくれてありがとうね。隣の子は友達?」
「はい。連れてきちゃいました。久華って言います」
「じゃあ久華くんはどんな子がいいとかある?」
「えっと…静かな子?」
いきなり聞かれたためなんと言っていいかわからず、安易に答えてしまった。
「静かな子ね。私の独断と偏見で久華くんに合いそうな静かな子連れてくるから、右の三つ目の部屋で待ってて。晶信くんは柚季(ゆずき)ちゃん?」
「あ、はい…」
晶信は頬を赤くして嬉しそうに返事をした。晶信は早田に案内され、左の二つ目の部屋に入った。久華は晶信が部屋に入ったのを見てから、言われた通り右の三つ目の部屋に入った。中は四畳半ほどの小さな部屋だった。目の前には障子があり、窓だと想像できた。何か目立つものが置いてあるわけでもなく、質素な内装だということが第一印象だ。久華はずっと立っているのも変だと思い、入り口付近と窓側に置かれた座布団のうち入り口付近の方に座った。数分待っていると襖が開いた。
「お待たせしてすみません」
白いフリル付きのワンピースを着た子が入ってきた。
「天使みたい…に可愛い」
「えっ」
久華の口は勝手に動いた。久華自身も自分が言った言葉に驚いた。
「あ、ごめん」
「いえ…」
天使みたいに可愛い子が窓側の座布団に座る。四畳半に気まずい空気が流れた。久華は自分が原因の空気だと思いながらもなんと話しかければ良いのかわからずにいた。すると、天使みたいに可愛い子が口を開いた。
「えっと、蒼惟(あおい)です。よろしくお願いします」
「俺は久華。よろしくお願いします」
お互いが正座のままお辞儀した。まるで今から将棋の対局をするかのような光景だった。
「あの…さっきのって」
さっきのとは“天使みたいに可愛い”と言ったことだろうと久華は思った。初めて来た場所で大失敗をしてしまったと思い、すぐさま謝った。
「ごめんなさい。悪い意味じゃなくて…本当に天使みたいに可愛いなって思ったから。つい口に出ちゃって。嫌な気分にしたなら本当にごめんなさい」
「え、あっ…そういう意味じゃなくて。あの、嬉しかったです。天使みたいに可愛いって言ってくれて」
蒼惟は無理をしている様子はなく、本当に嬉しそうな様子だった。久華は安心し、蒼惟と一緒にメニューからドリンクを頼んだ。話題は蒼惟から提供し、そのまま三十分があっという間に来てしまった。晶信との三十分差を埋めるために久華は近くのカフェに入った。
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