リュックを背負った天使

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「『夢』……ですか」 「はい、私の夢です」  照れながらも断言した青年に、女性は微笑み、また絵に目を戻した。  画廊の一角に飾られているのは、『夢』という題の、小さな天使の絵だった。こちらに背を向け、金色の髪に真っ赤なハートを差し、白い羽根を広げた天使のファンタジックな空気を、リアルなリュックサックがぶち壊している。 「昔、この街に『天使も通う』と噂された鞄屋がありました」 「素敵なお店ですね」 「僕、カバンを作る親方を見るのが好きで、いつも店を覗いていました。僕が弟子入りする前に店を畳んでしまいましたが…独学でリュックを作りながら、こんなリュックを作りたいと描き続けた絵が売れるようになるなんて……不思議なものです」  女性は、小首を傾げて聞いた。 「カバンではなく、リュックサックなのですか」 「はい、その鞄屋が天使に作ったのはリュックだったそうです。面白いですよね」  彼自身、リュックを背負った天使を見たから、とは言わずにおいた。 「シー……」  華奢な指を可愛い唇に当て、自分に微笑みかけると、踵を返して飛んで行った、赤いスカートの天使。その背には、羽根の間に綺麗に納まったリュックサック。  なんて、美しい。  あの日から、ずっと忘れられない。 「そうなのですか。素敵ですね。頭のハートは何かの比喩ですか」 「いえ、あの時……ええと、その、イメージで、赤い花やリボンなどを描くようにしています」  実を言うと、後ろ姿の印象が強烈すぎて、他の記憶がアヤフヤなのだ。赤い服に合わせて、髪にも何か赤いものがあった気がするが、どうしても思い出せない。 「そうなんですね。帽子ではどうですか」 「え」 「このような」  女性は、どこからか赤い山高帽を出した。服装も、いつの間にか赤いドレススカートに変わっている。 「え」  帽子をかぶると、女性の背から白い羽根が伸びた。 「あ」  叫びそうな青年の唇に、天使が華奢な指を当てる。 「シー……」  周囲の音がかき消え、天使の囁きだけが青年の耳に届いた。 「私、リュックサックが好きで……この絵のリュックも素敵です。楽しみにしていますね」 「どうしましたか」  画廊の店主に声をかけられ、青年は我に帰った。自分の絵の前でボンヤリしていたという。 「……こんなこと、してられない」 「えっ」  店主を適当にあしらい、青年は外に出た。 『楽しみにしていますね』  まさかの、本人からの激励!  きっと作ってみせる、天使の背に似合う最高のリュックサックを! そのための技術をもっと学ばないと!  志に燃える青年を、天使は遠い空から見送っていた。  前のリュックサックはすっかり壊れてしまった。あんな素晴らしいものを作れる職人はもう現れない、そう思っていたけど。 「ふふ」 この背にまた、綺麗にリュックが収まる未来を思い、天使は笑顔で飛び去った。 (了)
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