【弐】隣室の音

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これは2年前の話。 僕が大学に入り、地方から都会に出てきて一人暮らしを始めた時だ。 右も左も分からなかった僕は、最初はとりあえず家賃を重視して住まいを決めた。 とはいえ、家賃の金額のわりには、中は綺麗で、隣の部屋との壁も厚く、プライバシーは大丈夫ですと不動産屋から聞いていた。 住み始め、確かに両側に部屋があるわりには毎日音に悩まされることは無く、都会での新生活を楽しんでいた。 そんなある日、大学で仲良くなった男友達が飲み会で終電を逃して、僕の家に泊まりに来たんだ。 その日の深夜2時過ぎ、友達が眠っている僕を慌てた様子で起こしたんだ。 「おい、隣から変な音が聞こえるぞ。」 音?僕は静かに耳をたてたが、何も聞こえなかった。 「今も聞こえる。こう、何かを引っ掻いてるような嫌な音だ。」 僕は友達の話が理解できずにいた。余りに気に障る音なのか、友達は深夜にも関わらず、礼を言って出ていってしまった。 翌朝、僕が家から出ると、たまたま友達が指差していた方の隣人と会った。隣人は50代のタクシー運転手で、会えばたまに会話する仲だったので、何も考えずに昨晩の話をした。 「…知らないな。俺は何もしてない。」 隣人はそう言うと、早々と家に戻っていった。 僕は大学に行くと、すぐに友達を見つけ、昨晩の話を詳しく聞いた。すると、友達は思い出しながら恐る恐る話し始めた。 「寝てたらよぉ、壁の向こうから何かを引っ掻くような音が急にし始めたんだよ。お前寝てたからさ。一回壁をコンコン叩いてみたら、パッタリ音がしなくなって。それでまた寝始めたら、今度はさっきよりもキツイ音で。悪寒が止まらなくてさぁ。…何か思い出したらまた寒気がしてきたよ。あんな音は二度とゴメンだ。」 友達はそう言うと、授業があるからと行ってしまった。 何で僕には聞こえなかったんだろう。今まで隣人と騒音トラブルなんて皆無だったし…なんか腑に落ちなかった。 だけど、その後直ぐに答えが分かることになる。 僕が授業を終えてアパートに帰宅すると、パトカーやら救急車が僕のアパートの前に列をつくっていた。 僕は慌てて規制ロープの前に立っている警察官に、このアパートの住人であることを説明し、何があったのか聞いた。 「殺人と遺体遺棄の容疑者の逮捕です。」 殺人?遺体遺棄?恐ろしいことが起きてしまったと思いながらも、中に入れてもらった。 自分の部屋に向かう途中、警察官に取り押さえられながら下を向いて歩いてくる隣のタクシー運転手とすれ違った。 …え?容疑者って…。 慌てて自分の部屋に戻ると、何故か自分の部屋の中にも警察や鑑識の人たちがいた。 「あ、ここにお住まいの?」 目が合った刑事が話し掛けてきたため頷いた。 「お気付きでしたか?あれ。」 刑事は、そう言いながら壁を指差した。それは昨晩、友達が変な音がすると言っていた壁だった。 僕の部屋の壁も壊されており、覗いてみると、隣の部屋との間には数十センチの隙間があった。 「ここに、居ましたよ。」 僕は最初意味がわからなかったが、その壁の内部をよく見ると壁全体に染みのような跡があり、遠くから見ると、それは人の形をしていた。 居たって…遺体がって意味か。 僕は寒気に襲われた。 「何かお気になることとかありませんでしたか?」 僕は、咄嗟に昨晩の友達の話をした。きっと、あのタイミングで隣人がここに遺体を隠したんだと思ったからだ。 しかし、警察や鑑識の人たちは、皆ポカンとした表情を浮かべていた。 「どういうことか…。」 刑事は僕を壁の近くに連れていき、僕の部屋側に当たる中の壁を見せてくれた。 そこには、無数の引っ掻き傷があり、その跡には血が混ざっていた。僕は寒気が止まらなかった。友達が聞いた音はこれだったんだと。 つまり、あの時まだその人は生きていたということであり、僕が気が付いていればまだ救えたかもしれないと呟いた。 すると、刑事は真っ青な顔で僕に首を横に振りながら話をした。 「ここにあった遺体は、死後3ヶ月は経過してたよ。それに臭いも無かったろ?大量の防臭剤と一緒に毛布やらビニールやらでぐるぐる巻きになってたよ。…ただ、確かに指先はボロボロになってたと鑑識は言ってたな…。」 僕は、すぐにでも引っ越すことを決めた。 fin
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