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これは、日曜日の昼間にショッピングモールから車で帰宅している時の話である。
車内には助手席の彼女が選曲した流行りの歌が流れており、2人で口ずさみながらドライブを楽しんでいた。
「この曲いいよね〜。」
「おう、俺もよく聴いてるよ。…あれ、結構道混んでるな。」
大通りを進んでおり、ある程度の混みは覚悟していたが、目の前には想定以上の車列が見えて、信号もない交差点を右折した。進入した細い路地は、普段はあまり使わないが目的地の近くに繋がっていることは承知していた。
「私この道初めて通るかも。」
「抜け道なんだよ。道が狭いくせに一方通行じゃなくてさ、対向車来たら面倒だから普段あまり使わないんだけど。」
「ふぅん。…あ、この曲もいいよね。」
彼女は流れ始めた曲を口ずさんだ。
法定速度30キロの道をプラス10キロほどの速度で進んでいると、前方にセダン型の車が走っているのが見え始め、あっという間に追いついてしまい速度を落とした。
音楽に夢中だった彼女はスピードが落ちたことに気が付き、前方に視線を向けた。
「…前の車遅くない?」
「うーん、20キロだね。結構旧型の車だし、おじいちゃんとかが運転してるんじゃないかな。」
「あんまり車間距離詰めると今は煽り運転みたいになっちゃうしね。」
「そうそう。ま、煽ってもしょうがないし。」
イライラしないようにと自分も音楽に集中しながら運転を続けた。
前方に緩いカーブが現れると、その道沿いに古い鳥居が見えた。何気なくその鳥居を見ていると、自分の視線に気付いた彼女も鳥居に視線を向けた。
「年季が入った鳥居だね。この奥に神社があるのかな?」
鳥居の先は鬱蒼と茂った木々しか見えておらず、昼間でも不気味な雰囲気に感じた。
「あんまり手入れされてなさそうだよな。」
「ね。…あれ?」
視線を前方に向けた彼女が少し前のめりになった。
「…どうしたの?」
「ねぇ、前の車の後部座席にちっちゃい子ども居ない?」
「え?」
さっきまで居なかったけどなと思いながら、自分も視線を後部座席に集中させた。
すると、ひょこっと坊主頭の男の子が顔半分だけを覗かせて、こちらに手を振ってきた。
「可愛い!」
彼女は笑顔で手を振り返した。すると、男の子は顔を完全に出し、笑顔を見せた。
「坊主頭の男の子って可愛いよね。」
「ははは、そうだな。…でもさ、あの子の服ちょっと変わってる?」
自分にはその子の服がTシャツでは無く、時代劇などで見る甚兵衛のような古めかしい恰好に見えた。
「…確かにもう12月なのに甚兵衛は寒いよね。」
「…あとさ、心なしかちょっと肌の色変じゃない?」
その子だけが、周りのものよりも暗く見えていた。
「…うん、何か影ってる感じというか…。」
彼女も何か変だと感じたのか、声色が変化した。
その子はずっと自分たちの方を見て、笑顔で手を振り続けていた。
「…ね、ねぇ、前の車、様子変じゃない?」
ずっと男の子に視線を集中させていた自分は、彼女の言葉で気が付いた。前の車が左右に小さく蛇行し始めていることに。
「…居眠りかな?」
「でもさ、あの子なんか叫んでるように見えない?」
確かに口を開けて何か喋っているように見える。小さな子どもなら、きっと大声出しているだろうから、居眠りしているとは考えづらいな。
見る見るうちに、前の車の蛇行は大きくなっていった。
「ちょ、ちょっと!壁にぶつかっちゃうよ!」
「そう言われても。」
自分は咄嗟にクラクションを複数回鳴らした。その間も男の子は、こちらに笑顔で手を振りながら何かを叫んでいた。
「ねぇ、警察とかに連絡する!?」
「あの子やっぱり変だよ…。」
彼女が慌ててスマホの音楽を止めて、電話を掛けようとした瞬間、前の車は90度回転して電柱に衝突すると、その勢いで更に縦に回転し、逆さまになって停止した。
キキーッ!自分は慌てて急ブレーキを踏み、かろうじて衝突前に停車した。慌てて降車して逆さまになった前の車の運転席を覗くと、意識を失っている中年男性がおり、声を掛けても一切反応は無かった。そのまま後部座席に視線を向け、男の子を探したが何処にも姿は無かった。
しばらくして彼女が呼んだ警察と救急車が来て、運転手はその場で死亡が確認され、自分たちは警察に見たままを伝えた。
「…男の子ねぇ。」
警察は意味深な表情をしながら呟いた。自分は、警察は信じてないと思い、ドライブレコーダーからSDカードを取り出し、持っていたノートパソコンで警察と一緒に映像を確認した。
「…この後です!男の子が後部座席から顔を…あれ?」
「嘘…いない。」
自分と彼女は絶句した。蛇行を始めて事故を起こすまで映像を見続けたが、あの男の子は一切映っていなかったのだ。
「…君たちの言うことを信じないわけじゃない。」
警察の男性が呟いた。
「それって…。」
「警察としてはこれ以上は言えない。運転手の死因はこれから検視して判明するが、現状から見て、病死による事故というところかな。君たちが巻き込まれなくて良かったよ。」
警察はそう言うと、礼を言って去っていった。
自分たちは、前が事故で塞がってしまったため、仕方なく民家の敷地でUターンをして来た道を戻ることにした。
余りの出来事に車内では会話もなく、静かに走り続けていると、またあの古びた鳥居が視界に入って来た。
「ねぇ、今思えばあの鳥居を過ぎた後だったよね、あの男の子が現れたの。」
確かに彼女の言う通りだと思った。自分は何も答えずに鳥居の前を通り過ぎた。極力鳥居の方は見ないようにした。
「…あのさ、あまり気にしすぎても良くないよ。そうだ、この後なにか美味しいものでもさ…」
気分を変えようとそう言った瞬間、背後に気配を感じた。恐らく、横の彼女も感じたのだろう。僕の左手をギュッと握り締めてきて、その手は震えていた。
「…何も…何も考えず、ただ前を見よう。」
「で、でも…」
彼女は我慢できずに、ゆっくりと後部座席に振り返った。
「一緒に遊ぼう!!」
甲高い男の子の大きな声。
その声を最後に意識を失い、気が付いた時には集中治療室の中だった。
fin
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