憎しみを育てる青年の狂記

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憎しみを育てる青年の狂記

小学校の先生が生徒達に聞く。 皆さんは好きな人には何を送りますか? ある生徒が言う。 「わたしは花束をあげます。」 すると、すかさず別の生徒が言う。 「ぼくはバラの花束をあげます。」 そして、知識をひけらかすかのように、 こう付け加える。 「ばらの花言葉は愛ですから。」 調べが甘いな。 そう思っていると、予想通り、また別の生徒が言う。 その子は園芸クラブの子だった。 「わたしは11本の赤いばらを渡します。 11本のバラの花言葉は最愛ですから。」 これには、先生も流石に驚いたようだ。 まさか、小学生で薔薇の本数の意味まで知っているとは思いもしなかったのだろう。 そんな博識な彼女をクラスの大半が尊敬の眼差しで見つめる空気感の中でぼくは1人答えた。 「トゲです。」 一気に空気は凍った。 やはりか。 先生は先程よりも驚いていた。 いや、これは驚きよりも 衝撃だ。 ぼくはすぐに自分がこの教室の中で異端な存在だということに気づいて口を閉じた。 その次の生徒の 「カーネーションです。だって、母の日にはカーネーションをあげるんだもん。」 というほっこりとした回答に冷たくなった教室の空気は和やかさを取り戻した。 そうか、ぼくは異常なんだ。 そうして、ぼくは高校生になった。 高校生の僕には好きな子が出来た。 いつも、やんちゃで破天荒だけれど、時々お茶目で可愛いあの子。 しかし、あの子には好きな人がいた。 あの子とは反対の、お淑やかで、読書が好きで、無口な人。 あの子はその人に夢中だった。 何をするにも、その人の近くにいって、話そうとする。 それを僕は遠くで見ている。 このまま見ているだけではいけない。 そう思ったから僕は行動した。 まず、初めにあの子の好きな人と付き合った。 簡単だった。 こっちが少し優しくすればその人は簡単に僕のモノになった。 簡単になびくその子に反吐が出る。 あの子の優しさを簡単に無下にするその子に腹立たしさを感じながらも、僕はその子と付き合った。 翌日、あの子は泣いていた。 そして、無理やり偽った笑顔で 「おめでとう」 と言う。 嘘だ。 その顔はいつものあの子よりも何倍も暗かった。 そして、僕とその子が付き合って1ヶ月が経った。 彼女にも変化があった。 僕への目線が冷たくなった。 僕がその子に近づけば近づくほど彼女の目線は冷たくなる。 本人は気づいていないようだけど。 付き合って2ヶ月が経った。 彼女はあからさまに僕とは話さなくなった。 けれど、授業中や僕が話しかけると口はきいてくれるようだ。 まだまだだな。 3ヶ月が経った。 彼女は僕を無視するようになった。 休み時間も、授業中も、いつでも。 代わりに、僕がいない時にその子と話すようになった。 僕が近づくと嫌な顔をして去る。 僕とそいつとの噂を聞いたんだろう。 大人しい可憐な華であったその子に恋人ができたものの、相手はその子のことを全く大切にしてくれない。 というものだった。 僕は噂によると恋人を傷つけてばかりのクズらしい。 まあ、あたりにしも遠からずかな。 実際、僕はその子に恋愛感情など一切抱いていない。 だが、一応お昼も仕方なく一緒に食べて、帰りも一緒に帰っている。 その子の言うことだって聞いてあげてやってる。 利用価値のある道具は大切にしないといけないからね。 5ヶ月が経った。 あの子はもう、僕を蔑むその視線を隠さなくなった。 堂々と僕を睨んで、僕のいるところで僕の悪口を言う。 その目には憎しみが宿っていた。 そうだ。 これこそが僕の求めていたものだ。 ようやく手に入った。 僕がその子と付きあったり、わざわざ面倒くさい言うことを聞いてあげたり、要望に答えたりしたり、 全てはこれのためだった。 僕がその子と付き合ってから5ヶ月間、あの子の僕への憎しみの種はどんどんと育っていった。 そして、今、ようやく芽を出した。 これから、あの子はどんどん僕のことを憎んでいくようになるだろう。 好きな子に嫌われても良いのかって? 嫌われるから良いんだ。 あの子がその子に向ける愛が美しい薔薇の花だとすれば、あの子が僕に向けるものはその薔薇の棘だ。 だが、それで良いんだ。 美しい薔薇の花は咲いている時は美しいかもしれない。 だが、枯れてしまえばそれまでだ。 美しい花は途端に輝きを失って、無かったものとされる。 その反面、棘はいつまでも残る。 花が枯れても茎に根付いた棘はいつまでも残る。 だから、僕は棘の方が欲しい。 今、あの子は僕を憎み始めている。 その憎しみが大きくなれば、大きくなるほど あの子が向ける感情の大きさは、きっと その子よりも僕の方が大きくなっていくだろう。 愛は簡単に薄れてしまう。 だけど、憎しみはそう簡単には薄れない。 人は簡単に人を許せない。 罪を許せない。 あの子が僕を憎めば憎むほど、あの子のその子への気持ちは薄れていく。 その頃になれば、その子は捨てれば良い。 そうすれば、あの子の僕への憎しみは頂点を達して、僕を憎むことで頭がいっぱいになるはずだ。 復讐という名で僕に接触してくるはずだ。 そしてその日を僕は待っている。 ゆっくり育つあの子の心の中にある僕への憎しみの芽の成長する姿を見ながら。 今日も学校の庭で薔薇を1本手に取る。 そして、その花を散らして、敢えて指に薔薇の棘を刺す。薔薇の棘が指に刺さって、刺さったところからは、赤い血が流れていく。 なんて美しいのだろう。 この痛みだけが、僕が誰かに愛されている証拠だ。
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