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体がシュッと軽くなった。引っこ抜かれた。そんな感じがした。
「おらおら。ちんたら死んでんじゃねえよ」
パツキンの女が語気を荒げ、僕の胸ぐらをつかみ、ぐいと持ちあげた。その瞬間、僕は天に召された。なんの余韻もなく。
「ええ! いや、普通こういうのって、家族との別れの時間を作ったりするもんじゃないんですか。走馬灯とか見て!」
抗議じみた声をあげる僕はつい先ほどまで危篤に陥っていた。朦朧とする意識の中、看護師さんがあわただしく医者を呼ぶ声を覚えている。
「一昔前まではな。しみったらしく、悲しみにくれる時間のことだろ」
反吐が出る、とつけ加え、
「ったく。めんどくせえんだよなあれ。待ってるこっちの身にもなれっつうんだよ。いい迷惑だぜ。幽霊になってからしろよな」
女は懐からタバコをとりだし、火をつけた。
あまりにも荒々しい口調に、僕はある疑念を抱かざるを得ない。
「あなたって天使ですよね?」
「んだよ。悪魔にでも見えんのか。ああ?」
金色の紫煙を吹きかけられ、ギロリと睨みつけられた。
「いや、言動がそれらしくないというか……」
白金に光るローブと背中に生えた白い羽。そしてなにより、頭上に輝く金色の輪っかがなによりの証拠だと思う。だと思うのだけど。
天使。僕の想像では、もっと優しく微笑みかけながら天国へと案内してくれるものだとばかり。
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