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…なんで、コイツが、ここに?…
…なんで、このアムンゼンが、朝っぱらから、この矢田の家にやって来たんだ?…
私は、思った…
思ったのだ…
そして、思いながら、このアムンゼンを見た…
アラブの至宝を見た…
この矢田の細い目を、さらに、細くして、見た…
途端に、このアムンゼンが、
「…矢田さん…そんな目をしても、なにも、わかりませんよ…」
と、抜かした…
「…矢田さんは、普段から、目が細いから、そんなに目を細めたら、ダメです…目が、今以上に、細くなってしまいますよ…」
と、忠告した…
こともあろうに、この矢田トモコ様に忠告したのだ…
私は、思わず、
「…オマエ…口の利き方に気をつけろ…この矢田トモコの目が細いのは、生まれつきさ…」
と、言ってやりたかったが、言わんかった…
なにしろ、相手は、アラブの至宝と呼ばれる、アラブ世界の大物だからだ…
だから、言わんかった…
口にすれば、どんな目に遭うか、わからんかったからだ…
だから、言わんかった…
とても、怖くて、口に出せんかった…
が、
態度には、出ていたらしい…
私の表情にも、出ていたらしい…
「…矢田さん…なんですか? その嫌そうな顔は…」
「…なんだと?…」
「…バレバレですよ…矢田さんの胸の内は…」
アラブの至宝が、抜かした…
この矢田の胸の内がわかると、抜かした…
だから、
「…私の胸の内って、なんだ?…」
と、聞いてやった…
「…なんで、こんなに、朝っぱらから、矢田さんの家に、ボクが、やって来たかと、思ってるんでしょ?…」
「…その通りさ…」
「…ボクには、ボクの考えがあるんです…矢田さんは、気にしないで下さい…」
平然とアラブの至宝が、抜かした…
気にするなと、言っても、ここは、この矢田の家…
その家に、こんなに、朝っぱらから、やって来て、どうして、そんな横柄な口が利けるんだ?
私は、思った…
思ったのだ…
ホントは、
「…生意気な口を利くんじゃ、ないさ…」
と、言って、張り手で、二、三発ぶん殴ってやりたかったが、できんかった…
なにしろ、相手は、王族…
れっきとしたサウジアラビアの王族だからだ…
ここで、この矢田が、そんなことを、すれば、どんな目に遭うか、わからんかったからだ…
だから、できんかった…
できんかったのだ…
そんなことを、考えていると、マリアが、
「…なに、アムンゼン、矢田ちゃんの家に来て、威張っているの?…」
と、アムンゼンを注意した…
「…矢田ちゃんに、謝りなさい…」
と、注意した…
だが、アムンゼンは、謝らんかった…
ただ、黙って、そのままの姿勢でいた…
要するに、王族として、生まれてこのかた、チヤホヤされて、生きてきたのだろう…
あまり、他人様に、頭を下げた経験が、ないに違いない…
なにしろ、このアムンゼンは、3歳にしか、見えんが、ホントは、30歳…
30歳のれっきとした大人だ…
大人=成人男子だ…
小人症だから、大きくなれないのだ…
だから、3歳のマリアと、同じくらいの年齢にしか、見えないのだ…
3歳のマリアと同じくらいの年齢にしか、見えないから、マリアは、このアムンゼンを仲間だと、思っている…
自分と同等だと、思っている…
そして、ホントは、このアムンゼンは、とてつもなく偉いのだが、それも、マリアは、まだ子供だから、わからない…
それゆえ、マリアは、このアムンゼンを対等に扱う…
自分と同等に扱う…
が、
それが、このアムンゼンには、心地が良いのかも、しれない…
なまじ、サウジアラビアの王族に生まれたものだから、他人様から、同等に扱われたことが、ないのだろう…
いつも、チヤホヤされて、生きてきたのだろう…
だから、心地良い…
変に特別扱いをしないので、心地良いのだろう…
それになにより、このアムンゼンは、小人症…
だから、大きくなれない…
大人になれない…
それゆえ、子供の頃から、周囲の人間は、憐みの目と言えば、言い過ぎだが、そんな目で、アムンゼンを見ていたに、違いない…
そして、アラブの至宝と呼ばれるほど、人並み外れた頭脳を持つ、このアムンゼンは、容易く、周囲の視線の意味に気付いたに違いない…
そして、それが、嫌だったに違いない…
が、
マリアは、違う…
自分を同等に扱う…
自分と大差ない存在として、扱う…
だから、アムンゼンは、マリアを好きなのだ…
尊敬も憐みも、なにもなく、同等に接するから、好きなのだ…
また、なにより、アムンゼンが、マリアを好きになった、きっかけは、セレブの保育園に通うアムンゼンが、保育園の中で、孤立したのが、きっかけだった…
孤立したアムンゼンに、なんとか、周囲の保育園児たちと、仲良くさせようとしたのが、マリアだったからだ…
アムンゼンは、かつて、サウジアラビアで、クーデターを起こし、追放された…
自分の代わりの者を王位につけ、自分は、国王を陰から操ろうとした…
が、
その目論見が、あっけなく、破れ、日本に追放された…
追放されたアムンゼンは、自分の身分が、バレないように、保育園に身を潜めた…
外見が、3歳にしか、見えないから、3歳児が、通う、保育園に身を潜めるのが、一番、無難だと思ったのだ…
しかしながら、このアムンゼンは、ホントは、30歳…
周囲の3歳の保育園児の中に、30歳の大人が、紛れ込んで、うまくいくわけが、なかった…
いかに、外見が、3歳にしか、見えんでも、実際は、30歳だからだ…
それが、同等に、仲間に入れるわけがなかった…
考えてみれば、当たり前のことだ…
そして、そんなアムンゼンに、手を差し伸べたのが、マリアだった…
周囲の保育園児たちから、孤立したアムンゼンに手を差し伸べたのだ…
そして、その行為にアムンゼンは、感謝した…
心の底から、感謝した…
なぜなら、地位も権力もなにも関係なく、見返りもなにもなく、マリアが、アムンゼンに手を差し伸べたからだ…
いわば、無償の愛だからだ…
だから、そのとき以来、アムンゼンは、マリアに頭が上がらなくなった…
アラブの至宝と呼ばれ、アラブ世界で、絶対的な権力を持つアムンゼンが、ただの3歳児に過ぎないマリアに頭が上がらなくなった…
私は、今、それを、思い出した…
このマリアが、アムンゼンを叱っているのを、見て、それを、思い出したのだ…
すると、マリアが、大声で、
「…さっさと、矢田ちゃんに、謝りなさいよ!…」
アムンゼンを叱った…
叱ったのだ…
しかし、アムンゼンは、謝らんかった…
この矢田に謝らんかった…
だから、余計に、マリアの怒りが、激しくなった…
「…どうして謝らないの!…」
と、激しくなった…
それを、見て、バニラが、慌てた…
マリアの実母のバニラが、慌てた…
バニラは、当然、アムンゼンの正体を知っているからだ…
だから、慌てた…
「…マリア…殿下に、そんな口は、利いては、いけません…」
と、マリアをたしなめた…
さすがに、マズいと思ったのだ…
が、
アムンゼンは、バニラの発言に、
「…いいんです…バニラさん…ボクが悪いんです…」
と、言って、バニラを制した…
いわば、母親のバニラから、娘のマリアを守ったのだ…
それから、
「…申し訳ありませんでした…矢田さん…」
と、あっけなく、私に頭を下げた…
これまでの態度が、ウソのように、簡単に頭を下げた…
これは、きっと、マリアが、バニラに怒られるのが、忍びないからだ…
だから、慌てて、この矢田に頭を下げた…
私は、そう、見た…
私は、そう、睨んだ…
つまりは、このアムンゼンは、それほど、マリアが、好きだということだ…
アラブの至宝は、それほど、このマリアを好きだということだ…
だったら、あのリンは、なんなんだ?
あの台湾のチアガールのリンは、なんなんだ?
このアムンゼンにとって、どういう存在なんだ?
私は、あらためて、思った…
思ったのだ…
そして、そう思いながらも、
「…さっさと、家に上がれば、いいさ…」
と、言った…
バニラ、マリア、そして、アムンゼンの3人に言った…
途端に、バニラが、
「…それでは、失礼します…」
と、軽く、私に頭を下げて、家に上がった…
娘のマリアの手を取って、二人、いっしょに、家に上がった…
そして、二人が、家に上がってから、
「…では、ボクも、失礼します…」
と、アムンゼンも、また、この矢田に軽く頭を下げて、家に上がった…
私は、それを、見届けてから、
「…目的は、なんだ?…」
と、言った…
小さな声で、言った…
すると、すぐに、
「…目的?…」
と、敏感にアムンゼンが、反応した…
「…そうさ…」
「…それは、この矢田さんの家にやって来ることですよ…それが、目的です…」
「…ウソを言うんじゃ、ないさ…ホントのことを、言えば、いいさ…」
と、私は、言いたかったが、言わんかった…
どうせ、そんなことを、聞いても、このアムンゼンが、ホントのことを、言うわけが、ないからだ…
私は、すかさず、
「…リンか?…」
と、一言言った…
「…リン?…」
「…そうさ…これから、リンが…台湾のチアガールのリンが、これから、お義父さんと、いっしょに、この家にやって来るのを、知って、来たんだろ?…」
と、私は、言ってやった…
アラブの至宝に言ってやった…
が、
アラブの至宝は、認めんかった…
またも、しらを切った…
「…そうですか? …それは、知りませんでした…」
と、平然と、言った…
私は、
「…ウソを言うんじゃ、ないさ…」
と、怒鳴りたかったが、怒鳴らんかった…
なにしろ、この矢田トモコも、35歳…
酸いも甘いも嚙み分けた大人だったからだ…
だから、怒鳴らんかった…
ただ、一言、
「…そうか…」
と、だけ、言った…
私の細い目を、さらに、細めて、言った…
いわば、圧をかけたのだ…
が、
しかしながら、アムンゼンの反応は、
「…そうですよ…」
と、あっけないものだった…
「…そうか…」
私は、繰り返した…
わざと、繰り返した…
すると、アムンゼンも、
「…そうですよ…」
と、繰り返した…
繰り返して、私を見た…
私を直視した…
私をアムンゼンは、いつしか、睨みあっていた…
バチバチと、激しく睨みあっていた(怒)…
<続く>
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