アラブの至宝 4

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 …なんで、コイツが、ここに?…  …なんで、このアムンゼンが、朝っぱらから、この矢田の家にやって来たんだ?…  私は、思った…  思ったのだ…  そして、思いながら、このアムンゼンを見た…  アラブの至宝を見た…  この矢田の細い目を、さらに、細くして、見た…  途端に、このアムンゼンが、  「…矢田さん…そんな目をしても、なにも、わかりませんよ…」  と、抜かした…  「…矢田さんは、普段から、目が細いから、そんなに目を細めたら、ダメです…目が、今以上に、細くなってしまいますよ…」  と、忠告した…  こともあろうに、この矢田トモコ様に忠告したのだ…  私は、思わず、  「…オマエ…口の利き方に気をつけろ…この矢田トモコの目が細いのは、生まれつきさ…」  と、言ってやりたかったが、言わんかった…  なにしろ、相手は、アラブの至宝と呼ばれる、アラブ世界の大物だからだ…  だから、言わんかった…  口にすれば、どんな目に遭うか、わからんかったからだ…  だから、言わんかった…  とても、怖くて、口に出せんかった…  が、  態度には、出ていたらしい…  私の表情にも、出ていたらしい…  「…矢田さん…なんですか? その嫌そうな顔は…」  「…なんだと?…」  「…バレバレですよ…矢田さんの胸の内は…」  アラブの至宝が、抜かした…  この矢田の胸の内がわかると、抜かした…  だから、  「…私の胸の内って、なんだ?…」  と、聞いてやった…  「…なんで、こんなに、朝っぱらから、矢田さんの家に、ボクが、やって来たかと、思ってるんでしょ?…」  「…その通りさ…」  「…ボクには、ボクの考えがあるんです…矢田さんは、気にしないで下さい…」  平然とアラブの至宝が、抜かした…  気にするなと、言っても、ここは、この矢田の家…  その家に、こんなに、朝っぱらから、やって来て、どうして、そんな横柄な口が利けるんだ?  私は、思った…  思ったのだ…  ホントは、  「…生意気な口を利くんじゃ、ないさ…」  と、言って、張り手で、二、三発ぶん殴ってやりたかったが、できんかった…  なにしろ、相手は、王族…  れっきとしたサウジアラビアの王族だからだ…  ここで、この矢田が、そんなことを、すれば、どんな目に遭うか、わからんかったからだ…  だから、できんかった…  できんかったのだ…  そんなことを、考えていると、マリアが、  「…なに、アムンゼン、矢田ちゃんの家に来て、威張っているの?…」  と、アムンゼンを注意した…  「…矢田ちゃんに、謝りなさい…」  と、注意した…  だが、アムンゼンは、謝らんかった…  ただ、黙って、そのままの姿勢でいた…  要するに、王族として、生まれてこのかた、チヤホヤされて、生きてきたのだろう…  あまり、他人様に、頭を下げた経験が、ないに違いない…  なにしろ、このアムンゼンは、3歳にしか、見えんが、ホントは、30歳…  30歳のれっきとした大人だ…  大人=成人男子だ…  小人症だから、大きくなれないのだ…  だから、3歳のマリアと、同じくらいの年齢にしか、見えないのだ…  3歳のマリアと同じくらいの年齢にしか、見えないから、マリアは、このアムンゼンを仲間だと、思っている…  自分と同等だと、思っている…  そして、ホントは、このアムンゼンは、とてつもなく偉いのだが、それも、マリアは、まだ子供だから、わからない…  それゆえ、マリアは、このアムンゼンを対等に扱う…  自分と同等に扱う…  が、  それが、このアムンゼンには、心地が良いのかも、しれない…  なまじ、サウジアラビアの王族に生まれたものだから、他人様から、同等に扱われたことが、ないのだろう…  いつも、チヤホヤされて、生きてきたのだろう…  だから、心地良い…  変に特別扱いをしないので、心地良いのだろう…  それになにより、このアムンゼンは、小人症…  だから、大きくなれない…  大人になれない…  それゆえ、子供の頃から、周囲の人間は、憐みの目と言えば、言い過ぎだが、そんな目で、アムンゼンを見ていたに、違いない…  そして、アラブの至宝と呼ばれるほど、人並み外れた頭脳を持つ、このアムンゼンは、容易く、周囲の視線の意味に気付いたに違いない…  そして、それが、嫌だったに違いない…  が、  マリアは、違う…  自分を同等に扱う…  自分と大差ない存在として、扱う…  だから、アムンゼンは、マリアを好きなのだ…  尊敬も憐みも、なにもなく、同等に接するから、好きなのだ…  また、なにより、アムンゼンが、マリアを好きになった、きっかけは、セレブの保育園に通うアムンゼンが、保育園の中で、孤立したのが、きっかけだった…  孤立したアムンゼンに、なんとか、周囲の保育園児たちと、仲良くさせようとしたのが、マリアだったからだ…  アムンゼンは、かつて、サウジアラビアで、クーデターを起こし、追放された…  自分の代わりの者を王位につけ、自分は、国王を陰から操ろうとした…  が、  その目論見が、あっけなく、破れ、日本に追放された…  追放されたアムンゼンは、自分の身分が、バレないように、保育園に身を潜めた…  外見が、3歳にしか、見えないから、3歳児が、通う、保育園に身を潜めるのが、一番、無難だと思ったのだ…  しかしながら、このアムンゼンは、ホントは、30歳…  周囲の3歳の保育園児の中に、30歳の大人が、紛れ込んで、うまくいくわけが、なかった…  いかに、外見が、3歳にしか、見えんでも、実際は、30歳だからだ…  それが、同等に、仲間に入れるわけがなかった…  考えてみれば、当たり前のことだ…  そして、そんなアムンゼンに、手を差し伸べたのが、マリアだった…  周囲の保育園児たちから、孤立したアムンゼンに手を差し伸べたのだ…  そして、その行為にアムンゼンは、感謝した…  心の底から、感謝した…  なぜなら、地位も権力もなにも関係なく、見返りもなにもなく、マリアが、アムンゼンに手を差し伸べたからだ…  いわば、無償の愛だからだ…  だから、そのとき以来、アムンゼンは、マリアに頭が上がらなくなった…  アラブの至宝と呼ばれ、アラブ世界で、絶対的な権力を持つアムンゼンが、ただの3歳児に過ぎないマリアに頭が上がらなくなった…  私は、今、それを、思い出した…  このマリアが、アムンゼンを叱っているのを、見て、それを、思い出したのだ…  すると、マリアが、大声で、  「…さっさと、矢田ちゃんに、謝りなさいよ!…」  アムンゼンを叱った…  叱ったのだ…  しかし、アムンゼンは、謝らんかった…  この矢田に謝らんかった…  だから、余計に、マリアの怒りが、激しくなった…  「…どうして謝らないの!…」  と、激しくなった…  それを、見て、バニラが、慌てた…  マリアの実母のバニラが、慌てた…  バニラは、当然、アムンゼンの正体を知っているからだ…  だから、慌てた…  「…マリア…殿下に、そんな口は、利いては、いけません…」  と、マリアをたしなめた…  さすがに、マズいと思ったのだ…  が、  アムンゼンは、バニラの発言に、  「…いいんです…バニラさん…ボクが悪いんです…」  と、言って、バニラを制した…  いわば、母親のバニラから、娘のマリアを守ったのだ…  それから、  「…申し訳ありませんでした…矢田さん…」  と、あっけなく、私に頭を下げた…  これまでの態度が、ウソのように、簡単に頭を下げた…  これは、きっと、マリアが、バニラに怒られるのが、忍びないからだ…  だから、慌てて、この矢田に頭を下げた…  私は、そう、見た…  私は、そう、睨んだ…  つまりは、このアムンゼンは、それほど、マリアが、好きだということだ…  アラブの至宝は、それほど、このマリアを好きだということだ…  だったら、あのリンは、なんなんだ?  あの台湾のチアガールのリンは、なんなんだ?  このアムンゼンにとって、どういう存在なんだ?  私は、あらためて、思った…  思ったのだ…  そして、そう思いながらも、  「…さっさと、家に上がれば、いいさ…」  と、言った…  バニラ、マリア、そして、アムンゼンの3人に言った…  途端に、バニラが、  「…それでは、失礼します…」  と、軽く、私に頭を下げて、家に上がった…  娘のマリアの手を取って、二人、いっしょに、家に上がった…  そして、二人が、家に上がってから、  「…では、ボクも、失礼します…」  と、アムンゼンも、また、この矢田に軽く頭を下げて、家に上がった…  私は、それを、見届けてから、  「…目的は、なんだ?…」  と、言った…  小さな声で、言った…  すると、すぐに、  「…目的?…」  と、敏感にアムンゼンが、反応した…  「…そうさ…」  「…それは、この矢田さんの家にやって来ることですよ…それが、目的です…」  「…ウソを言うんじゃ、ないさ…ホントのことを、言えば、いいさ…」  と、私は、言いたかったが、言わんかった…  どうせ、そんなことを、聞いても、このアムンゼンが、ホントのことを、言うわけが、ないからだ…  私は、すかさず、  「…リンか?…」  と、一言言った…  「…リン?…」  「…そうさ…これから、リンが…台湾のチアガールのリンが、これから、お義父さんと、いっしょに、この家にやって来るのを、知って、来たんだろ?…」  と、私は、言ってやった…  アラブの至宝に言ってやった…  が、  アラブの至宝は、認めんかった…  またも、しらを切った…  「…そうですか? …それは、知りませんでした…」  と、平然と、言った…  私は、  「…ウソを言うんじゃ、ないさ…」  と、怒鳴りたかったが、怒鳴らんかった…  なにしろ、この矢田トモコも、35歳…  酸いも甘いも嚙み分けた大人だったからだ…  だから、怒鳴らんかった…  ただ、一言、  「…そうか…」  と、だけ、言った…  私の細い目を、さらに、細めて、言った…  いわば、圧をかけたのだ…  が、  しかしながら、アムンゼンの反応は、  「…そうですよ…」  と、あっけないものだった…  「…そうか…」  私は、繰り返した…  わざと、繰り返した…  すると、アムンゼンも、  「…そうですよ…」  と、繰り返した…  繰り返して、私を見た…  私を直視した…  私をアムンゼンは、いつしか、睨みあっていた…  バチバチと、激しく睨みあっていた(怒)…                <続く>
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