光の下でキミに柔らかな口づけを

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「天使っていると思う?」  ぼんやりと過ごす屋上。  何気なく空を見あげて、キレイだったから。  それだけの理由で、目の前の人物にそう問いかけた。  天使の梯子、という現象がある。  なんというか、絵画でありそうな光の表現。  それが現実になったみたいな、綺麗な空。  ――お前は神に召されるのだ。  あ、これは、なんか違う。  えーっとそう、なんだろう。  ――お前は神に選ばれたのだ。  うん、こっちのがそれっぽい気がする。  そういう感じの、光の線。  雲の切れ間から差し込む光をぼんやりと眺めて、それから僕を見て。  彼は柔らかく微笑んで言った。 「居るじゃん、目の前に」 「いや……そう言うことではなく」 「天使って居たらこうなのかなーみたいな。そういう良い人だよね、お前」 「お前にとって都合のいい人、だろ。別にそんなにいい人では」 「いや、良い人だよ。困ってる人を見捨てられないんだから」 「それは、まあ」  お人好しが過ぎて酷い目にあう、なんてのも一回や二回じゃない。  財布を拾っただけなのに、盗もうとしたなんて言われたりもしたりとか。  それで二度と拾わないようにしよう、とは思わない。  それだけのことだ。 「善良だと思うよ、やっぱり」 「……そうかな。でも天使ではないと思うんだけど」 「ははは、受け取り方が違うからね」 「え、それってどういう――」  それ以上は、言葉にする必要もなかった。  ふわり、と舞い散る白い羽。 「だから、居るじゃん。目の前に」  言われてみれば全体的に服は、白いコーディネートばかりで。  髪の毛も歌手だから目立つには白が良いんだろうなみたいな。  雑な認識だった男の背中に真っ白の大きな羽があった。 「あーぁ、久しぶりに出したら抜け毛が凄いや」 「抜け毛……え、その舞ってるの抜け毛なの!?」 「手入れしてなかったからねぇ。人間と同居していたもので」  ニッと口の端を上げて笑いかけて来る。  確かに、最近一緒に暮らしておりましたが。  そして僕は、そんな君と。 「……いや、本当に、天使?」 「なんで?」 「付き合ったりとかしたら、駄目じゃない?」 「天から来た遣いで、この見た目が聖なるものーって誰が言ったの?」 「えっ」 「……この世界で言うなら『天使』が近いって言うだけなんだけどさ」  目を細めて妖艶に、真っ白な羽を広げた自称・天使様は笑う。 「……キミだけを幸せに来た天使なのさ」 「え、そんなことってあるの?」 「それを言い出したらさ。まず人に羽が生えてるの珍しくない?」 「確かに」 「そういうわけで、これからもよろしく」  ニコニコしながら天使はふわりと舞い上がって、僕の前に着地した。 「……帰っちゃうからネタバレしたとかじゃないんだ?」 「うん。思いっきり幸せにしたくて見せただけ」 「それだけで!?」 「言ってたでしょ、『天使の梯子が好きなんだよね』って」 「そりゃ、言ったけど」  夕方に流れる天気予報。  ついでに映される空模様に、天使の梯子の解説があった。  あれを背にした天使はきっとキレイなんだろうな、なんて。 「……ずるくない?」 「なにが? 好きな人の見たいものを出来る限り叶えて何が悪いの?」 「そう、だね。出来るのであれば悪くはない、か」 「こういうのなら結構叶えられるから、何でも言ってみて」 「何でも叶えたら、大変なことになっちゃうよ」 「そんなの、オレの知った事じゃないもの」 「……そう。気持ちだけ貰っておくよ」 「残念」  羽を広げて、僕の姿を隠すように包み込んでくる。  両腕が僕の首の横を抜けて、柔らかく顔を近づけて来る。  背中にはふんわりとした感触。  真っ白に包まれて、光が頭上に降り注いできた。  ゆっくりと目を閉じて、そっと唇を重ねようとして止まる。 「何?」 「いや……その羽これからどうするの?」 「また畳めばいいから」 「ああ、ならいいね」  ふふふ、と笑いあって僕だけの天使様に身を任せるのだった。
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