離したくない

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 その日の片付けをすべて済ませ、夕飯と入浴を終えて眠る支度を整える。  先にベッドに入っていた真紘くんは、背中をヘッドボードに預け、静かに文庫本をめくっていた。  彼は、今でも文字に触れることを深く愛しているのだと思う。それが職業病のようなものなのか、それとも彼自身のものなのかは分からないけれど、日常の中に、当たり前のように本を開く彼の姿があった。  けれど、かつて彼は「もう書けない」と言っていた。コピーライターとして働いていた彼が「キャッチコピーはもう思いつかない」と言い、この業界から身を引こうとしていた。今は佐久間さんが連れ戻し、クリエイティブ・ディレクターという立場で再びこの業界で働いているけれど…。  読書に没頭する彼の横顔を盗み見ながら、私は彼の過去に触れてみたいと思っていた。  彼がどうして書けなくなったのか、どうして退こうとしたのか。どうしてもう一度、この業界に戻ってくる気になったのか。  けれど、どうしても一歩が踏み出せない。私が土足で踏み込んでいいものなのか、まだ癒えていない傷を抉るだけにならないか。  躊躇いがあって、中々彼の過去に触れられない。

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