人間と天使

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 空の旅の道中、私は天使に訊いた。 「私は、その、死んだんですよね」 「そうね。一つの現世での旅が終わった、というタイミングね」 「一つの現世?」 「ええ。人間は現世への修行を繰り返します。生きて、死んで、天に還り休む。そして目覚めたら、また新たな肉体を得て現世へと旅立つ。そうして魂が磨かれていくのですよ」 「――でも、あなたはその輪廻から外れたのよ」  カトリエルが振り返りながらそう発する。そして続ける。 「現世での修行を経て、あなたは魂を磨いた。今のあなたにはアライ・ルナの記憶しかないでしょうが、それ以前もあなたは素晴らしい行いをした。人に尽くしたいという思いが強い魂を得た」  確かにそうだった。  でもその結果、私は早死してしまった。きっと親や友達を悲しませているし、それは正しく、褒められるようなことではないように思えた。なんとなく私はカトリエルの微笑みから顔を背けた。 「浮かない顔をしなくていいのよ。そもそも悪業を働いた穢れた魂であれば、輪廻の輪にすら加われないのだから」  カトリエルが私を慮って言う。それでも私は下を向いたまま飛んでいた。 「……今は分からないかも知れないけれど、じきに現世の記憶も薄れるわ。そうすれば違和感や後悔の念も消えるでしょう。あなたはこれから天使として、現世に赴く人間たちの手伝いをするのよ」  そう言われても、私は現状アライ・ルナなのだ。いきなり死んで、天使だのなんだのと言われても、全く頭が追いつかない。  ……追いつかない、はずなのに。私は妙に納得している。苛立ちとか、戸惑いとか、落ち込みとか、そういった感情が生きている時ほど強くは湧いてこない。至ってニュートラルな凪の中での、ほんの小さな波紋程度だ。  後悔の念だって確かにあるはずなのに、これも天使になって翼など生やしてしまった所以なのだろうか。
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