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第二章 「ディナイア=フォーランド」
粛々と進められた葬儀はつつがなく終わったことを知らしめるかのように、鎮魂の鐘が鳴り響く。
「愛おしいほどに愚かな暴君に、安らかなる眠りが訪れんことを……お別れですわね、父上」
感情が顔を覗かせるのは、後にも先にもその一言だけであった。
喪に服する意思を示す黒衣をまといながらも、その胸中に浮かんでいたのは亡き父への郷愁ではなく、暴君を欠いた帝国の行く末の方である。
その冷淡さを恥じ入る気持ちがないと言えば嘘になるが、ただ嘆き悲しんで途方に暮れることを許さない立場に立っていることを、他ならぬ自分自身が誰よりも理解していた。
武力を象徴とするフォーランド帝国の中枢を担う皇族ともなれば、その力と影響力を目に見える形で振りかざすことの重要性など語るまでもないことである。
その恩恵によって権力者という立ち位置を守り続けていたことを自負するからこそ、皇族はこの国を回していくことができたのだ。
「中枢の歯車を欠いた精密さはあっさりと崩壊してしまうからこそ、それに変わる仕組みを……父上の死すら利用して、新たなる秩序をもたらさなければならないのですわ」
事を成し遂げるための布石は既に打たれ、葬儀を終えた正にこの時をもって現実のものとする状況は既に整え終わっている。
政治的な空白を狙って暗躍するであろう不穏分子は既に社会的な発言力を奪われ、こちらの用意したシナリオに従っての行動を順守する限り存在を許される状況にまで陥っているはずだ。
そしてこちらの思惑に乗らない最後の抵抗勢力が、今この瞬間に自らに対しての行動を起こすよう仕向けてもいた。
権力を掌握すべく暗躍してきた"悪女"たるディナイア=フォーランドを、武力によって排除せざるを得ない展開に導くために、である。
「そのために……最後の仕上げを済まさなければなりませんわねぇ」
その一言に応えるかのようなタイミングで、巨大な質量の塊が大気を切り裂いて迫ってくるような轟音が鳴り響いた。
音の先に視線を向ければ、葬儀のために敷かれていたであろう警備網を文字通り飛び越えるようにして迫る影を確認できる。
それはこのフォーランド帝国の象徴とも言える、力を競い合う儀礼と威を示す実用的な手段を兼ね備えた巨人の姿であった。
機兵・リオンナイトと呼称する機動兵器はその殺意を隠そうともせず、こちらに向けて一直線に降下してきたのである。
『姦賊ディナイア=フォーランドッ! その命、もらい受けるッ!』
暴言に近い物言いの乗り手の叫びを聞きながらも、酷い言われようだと自嘲する程度には冷静であった。
人を模した灰色の巨人の振りかぶった拳を叩き付けられれば、生身の人間でしかない我が身など原型を留めないまでに木っ端微塵であろうことは想像するまでもないことだ。
元々は人間相手に用いるような力ではないと、"製作した当人である"自分がそう設計したのだから間違いない。
「不躾でお行儀の悪いこと。けれど……それでこそ、最高のデモンストレーションになるというものですわ」
表情に笑みが浮かばなかったのは、父の葬儀という日取りに水を差す行いをしたことには違いない巨人と乗り手への嫌悪感からというのが理由の1つ。
そしてもう1つ、この状況に対する対策は既に終えているために慌てる必要すらなかったからということでもある。
『頭が高いぞ、痴れ者が』
『な、にッ……!?』
重々しい口調を作ろうとした跡のある少年の声と同時に入った横槍が、リオンナイトを横から弾き飛ばし、地面に叩き付けられた巨体に追い討ちを掛けるように踏みつけた。
黒を基調とし、両肩と胸に地獄の番犬を思わせる意匠を掲げたその姿は、敢えて警備を緩めて自らに対し実力行使を迫らせた反乱分子への対抗策として用意したものである。
「上手く扱えているようで何よりですわ、エスペル」
『それが姉上の望みでありましょう』
襲撃者をあっさりと無力化して見せた弟への労いの言葉に対しては、当然のことをしたまでと言わんばかりの返答を返された。
可愛げのない態度ではあるものの、この結果は前提条件に過ぎないことを思えば妥当だろうと思い至る。
であればこの意識は、目前で身動きの取れないリオンナイトを始めとした敵対者に向けるべきだろう。
「まるで親の仇でも相手にするかのような態度、心外ですわね。親を失ったのは私の方ですのに」
『それとて、己の権力のために自ら手を掛けたのだろうがッ!』
返されたのは、相手の言など信用に値しないと訴えるかのような反論だ。
漏洩する情報を厳選してある程度の思考操作を試みはしたが、どうやら思った以上に素直な受け取り方をした者が存在したようである。
父の死を利用して改革を進めたことは事実であるが故に、反発そのものは至極真っ当なものであると認めるしかない。
ただ、力によって強権を振りかざしてきた暴君を討った正義の味方を気取るつもりがない以上、この悪評は利用すべき利点以外の何者でもなかったが。
「根拠も示さず己の目的のために暴力を振り回すような輩に、非難される筋合いはありませんわ。もっとも、貴方からすれば私が口にする言葉ではないのでしょうけれど」
『くッ……!』
巨人の乗り手は口惜しそうに呻くだけで、具体的な反論にまでは至らない。
とは言え、実力行使とその排除という段階になったこの状況が、話し合いで完結する道理はあるまい。
より大きな力による見せしめで相手を従えることこそが、このフォーランド帝国において長らく繰り返されてきた歴史そのものだ。
お互いにその歴史に沿った価値観によって対峙している以上は、力によって相手を制している現状を前にして、反論を挟む余地などありはしない。
「私が既に根回しを終えている以上、ここで私を討ったところで変革という流れが変わることはあり得ないのですよ。貴方に許された道は2つだけ、服従か……死か」
従う振りをして次の機会を伺うか、あるいはここで見せしめの象徴となって散るか、いずれかを選ぶ以外にないところまで事態は進んでいるのだ。
無論のこと、相手がそれを素直に受け入れないであろうことも想定の内であるが。
『ここで屈するようなら、最初から抵抗の意思など示すものかッ……!』
「そう? なら仕方ありませんわね」
既定路線という意味では、この問答どころか結末に至るまでが含まれており、故に自らの反応も淡白になるのは当然のこと。
そして想定の通りということは、この後の対応もまた示し会わせた脚本の通りに行われるのみである。
行動に移ったのは、両者の行いに口を挟むことなく鎮座していたもう1人だ。
『であれば、その鋼の意思を噛み砕くとしよう。余の権威の象徴たる金色の牙、しかとその魂に刻み付けるが良い……!』
両肩と胸に備えられた番犬の意匠の、その口が大きく開かれた。
次の瞬間、内側から溢れだした金色の輝きが勢い良く噴出すると、全身を覆うようにその巨体をまとい始めた。
光が、熱が、その場を支配するかのように拡散する様子を目の当たりにしながら、ディナイアの表情は無意識の内に笑みを浮かべていたようである。
「象徴、まさしくその通り……暴君を超える覇王として君臨するためのお膳立ては、今ここに全て整いましたわ」
それはすなわち、ここに至るまでの暗躍が形となって現れるための条件が全て整ったことを意味していた。
ここは始まりでしかなく、理想を叶えるためにすべきことはここから山積みになっている以上、ここで達成感を覚えるべきではないことも理解している。
それでも、この金色の覇王は間違いなく、今の自分がディナイア=フォーランドであることを決定付ける象徴であることは間違いないのだ。
「新たなる皇帝エスペル=フォーランド。そしてその力の象徴となる覇道の道標……ケルベリオン!」
自らの道を阻む者を容赦なく踏み砕くその巨体。
覇道機兵とでも呼ぶべき力の完成を前にして、ディナイアは己の道が定まったことを確信した。
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