第一章 「フォーランド帝国」

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第一章 「フォーランド帝国」

 目前に用意された報告の全てに目を通した上で、ディナイア=フォーランドは大きく肩を落としながら椅子に背を預けた。  人払いを済ませて静寂に包まれていた執務室には、椅子の軋む音すら耳障りなほどに響き渡る。  不快さを助長する異音という意味ではそこに苛立ちを覚えるものの、今この瞬間にあってそのようなものは些事でしかなかった。  それほどまでに大きな問題が、目前の報告によってもたらされたというわけである。 「争乱によって成り立っていた秩序が、その意義を失ったことでより大きな混乱を招く……か」  武力による惑星統一を"してしまった"フォーランド帝国が直面したのは、慢性的な資源不足であった。  新たな侵略地を失ったことで領土拡大によるを収益を見込めなくなったことで、国家の枠組みは大きな方針転換を強いられたということである。 「皇族が強権を維持し続けたままの変化が、父上のような暴君を生み出すほどの歪みとなって現れるほどに……この帝国は壊れ始めていますわ」  争乱という題目を失った皇帝の威光は時代と共に陰りを見せていき、侮られまいと強健を振りかざしたことで更なる反発を生むこととなっていく。  実力行使の因果が時代を経て巡ってきたと言ってしまえばそれまでだが、皇族の1人としてはその事実をただ認めるだけで済ませる訳にもいかないだろう。 「国を建て直すにせよ、新たな秩序を築くにせよ……それを実行できるだけの土台を維持しなければ、皇族は大義名分の旗頭として利用され、争乱を助長する結果にもなりかねません」  ここに至るまでの歴史が存在する以上、帝国が武力によって事を成す現実を覆すことは出来ないだろう。  ならばそこに己の利を見出だそうとする者の意識が関わってくることは明白であり、国家が不安定になればなるほどに思惑は交差し、内部分裂を加速させるであろうことは想像に難くない。  逆に言えば、その思惑を同じ方向に向けるだけの策を用いなければならないということでもある。 「泥沼の争乱を回避するために、都合の良い争乱を引き起こす。実に我が帝国らしい、傲慢な結論ですわね」  自嘲に歪んだ己の表情など、誰が見たいと思うものか。  侵略者であり続けなければ維持できないのがフォーランド帝国なのだと、認めざるを得ないことは苦痛でしかない。  それでも自分は、第一皇女ディナイア=フォーランドなのである。 「もしも宇宙の向こう側に戦争を仕掛ける大罪人として歴史に名を刻むことになるとしたら……それは私1人だけで良い」  その道がもたらす未来が決して明るいものではないと理解ながら呟かれた内心の吐露は、誰に聞かれることもなく消えていった。
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