第四章 悔恨と疼きと

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第四章 悔恨と疼きと

 その日帰宅して以降、極力沙緒里は平静を装った。夜になって帰ってくる夫とともに華族で食事をし、後片付けをして風呂に入り、そしてベッドで夫と体を重ねた。 「は、あん」  感じてみせる。すべて演技だった。これまでそんなことは考えたこともなかったのに、今の沙緒里には夫の行為のすべてが物足りない。言葉も、愛撫も、そしてセックスそのものでさえ。  忘れよう。あれは一時の気の迷い。出来心だったのだ。そう何度も自分に言い聞かせたが、そう考えるたびに沙緒里の中心が熱く疼いてしまう。あれを知ってしまったらもう戻れない。どこかでもう一人の沙緒里がそう言う言葉が聞こえる。そんなことはない。玲一さんはわたしを愛してくれている。梨桜もいる。わたしは満たされていると繰り返す。  ならなぜ狩谷と会ったの? 悪魔のような思いに彼女自身が言葉に窮する。満たされているのなら、あんな男と会わなければよかったじゃない。  今はもう隣で寝息を立てている玲一の横顔をそっと見ながら思う。なぜ。どうして。  薄い夏布団の下で、沙緒里は自分の豊かな胸をぎゅっと握りつぶす。痛みに顔が歪むが、同時にじんと頭の片隅が痺れるようにも感じる。狩谷に軽く拘束され、いいように犯された時を思い出す。あんな感じ、初めてだった。初めてだったから? いや、それならなぜ今こんな感覚になっているの? 「あ、ん……」  無意識のうちにパジャマの上から乳首をつまんでコリコリと転がしていた。それも決して優しい手つきではない。小さな肉豆を押しつぶしかねないほど強くつまんでいる。それはやはり痛みとともにあの痺れるような快美感を沙緒里にもたらす。  そっと夫の様子をうかがう。耳を澄ますまでもなく規則正しい寝息が聞こえる。それでも沙緒里は寝返りをうって夫に背を向けると、パジャマのパンツに手を差し入れた。指先に縮れ毛を感じ、そのまま奥へと進めると、やはり彼女の中心は湿っていた。 「ん」  ちょっとだけ。そう自分に言い聞かせながら沙緒里は草むらをかき分け、指先より小さなあずき豆を探し出す。そこはもうすっかり粘液がまとわりつき、包皮からも飛び出して触ってほしそうに熱くなっているのが見ずともわかった。  人差し指と親指でつまみ、粘液まみれなのをいいことにクニクニと敏感な肉芽の表面を擦る。指先がこすれるたびに弱くはない電流が背筋を駆け上り、そのたびに全身が震える。夫にバレやしないかとビクビクするが、そのスリルもスパイスになってさらに感度が上がってしまう。  しばらくそうやってイジっていたが、やはり物足りなくなってしまい、沙緒里は二本の指で陰核を押しつぶしてみた。 「っ!」  とっさに唇をかみしめ声を堪えることができたが、それでも全身の痙攣はしばらく治まらない。  やっとそれが治まったときには沙緒里の全身は汗まみれになっていた。 (わたし、一体どうなってしまったの)  その疑問の答えが出ていることに、もちろん沙緒里自身は気がついていた。  あの日以来、沙緒里は狩谷とは連絡を取っていない。会ったときにSNSの連絡先は交換したが、何度かその画面を開けたモノの、結局連絡はしないまま、また閉じていた。今までは。  三日たった週の半ば、それも日が傾き、オレンジ色に変わり始めて室内を照らすような時間になってから沙緒里はリビングで一人、スマホを開いて狩谷に連絡を取った。 「ふぅ」  たった一文送るだけでずいぶん体力を使った気がする。だがその意味を考えればそれも当然と言えよう。普通一般の主婦ならしないことなのだから。  送ったメッセージにすぐは既読はつかない。しばらく画面を見ていたが、沙緒里は画面を消してスマホをうつ伏せにテーブルに置くと、夕食の準備を始めるために立上がり、エプロンを着けながらキッチンに向かう。 「ごちそうさま。旨かったよ」  そう言って微笑む夫の顔をまっすぐ見つめ返すのがつらい。それでも沙緒里はできるだけ自然に返事をして食器を下げ始める。傍らで夫も手伝ってくれるが、そこに娘の姿はない。高校に通う彼女は最近は部活だなんだと忙しいようで、今日も学校帰りに友達とどこかに寄ってくると言っていた。一応夕食は用意しているが、もしかしたらまた食べないかも知れない。まあ高校に入ったばかりだしいいだろうと玲一は笑っているが、危険なことに巻き込まれないといいのだがと沙緒里には一抹の不安があった。  二人分の食器を片付け終え、一息ついてリビングでソファに腰を下ろして何気なくスマホを開くと、一件の通知に気がついた。  ドクン、とひときわ強く心臓が鳴った気がする。  狩谷からの返信が来ている。思わず夫のほうを見ると、彼はテレビのニュースで流れる国際情勢を真剣な表情で見ていた。沙緒里が見ていることには気がついていないようだ。  そっとメッセージを開く。 『明日なら時間が取れる。それ以降だとしばらくは難しい』  え、明日?! と沙緒里は驚いた。いくら何でも急すぎる。でも明日が無理だとしばらくは会えないという。どれぐらいだろう。一週間? 一ヶ月?  ちらっと上目遣いに玲一の様子をうかがう。国内の事件についてアナウンサーがしゃべっているのを聞いているが、先ほどよりはいくらか表情が柔らかい。 (ごめんなさい。玲一さん)  沙緒里は心の中でそう呟きながら返事を送った。
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