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プロローグ(1)
その女は押し流されていった。
心が壊れ、ただの肉と化した女は、夢の中を歩くかのようにふらふらと町から出てゆき、一直線に進み続けた。
……どれほど歩いたのか、わからない。
疲れないのは、足の感覚が希薄だからだった。
……夜となり、朝がきて、昼となった。
ひたすらに歩いた女は、波の音に気付いた。
潮のにおいにも、気付いた。
天気はよかった。
青い空が広がっている。
ザザーン、ザザーン、と波の音が聞こえる。
崖の上には草木があって、濃緑色の葉を静かにゆらす木々が何本も立っている。
木と木の間から女は出てきた。
暗すぎる瞳の女は力なく歩いてきては、崖から下の海岸を見つめた。
崖の直下にはいくつもの岩があり、それに波しぶきがふりかかって黒い岩は濡れそぼっている。
…………。
……どうして。
どうして……こんなことに……なってしまったのだろう……。
どこの何に問題が、あったのだろう?
……どうして、どうして……なの……?
どうして、どうして……どうして?
私がなにをしたというのだろう……。
…………。
…………もう、いいだろう。
もう……これ以上、周囲の無理解に苦しむことなんかない。
……ここから身を投げたら、楽になれる。
もう、ここまで追い詰められたのだから。
それも悪くはない…………。
最期の自由意志……。
誰も、誰も、認めてはくれなかった私の自由意志……。
こうやって、自由意志って、使うものだったのね……。
……ふ、ふふふっ。
これまでのことが、ばかみたい……。
すっきりした顔をつくった女は深呼吸した。
…………それから、女は自ら、崖から飛び降りようとした。
そのとき、誰にも、女自身にも、予想できなかった異変が起こった!!!!
!!!???
……あぁ、あっあ、何……これ、はッ!??
そうして、女は消えた。
風の音と波の音は戻ってきた。
ザザーン、ザザーン、ザザーンという音は繰り返し響き、岩を洗っていった。
崖の上の草地へ女はもういなかった。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
……え……。
……あれ?
……?
……ん……??
…………?
身体の感覚はまったくないが、意識はあった。
夢の中とも違う……不思議な感覚だった。
…………!!??
いくつもいくつも現れた、その黒さだけで周囲を呑み込む黒い塊が女へと近寄ってきた。
……黒い煙みたいなそれらが音もなく近付いてくると、とても寒くて、凍えるほどに寒くて、熱を……生命力を吸い取られるように感じた。
身体の感覚はないのにそう感じた。
「……いやッ!!! あっちへ行ってッ!!」とも叫べない女はひたすらに怯えた。
……!!!! ……!!!! ……!!!! ……!!!!
……!!!! ……!!!! ……!!!! ……!!!!
心だけが震撼する女へとその中のひとつが直接、語りかけた。
『…………恐れなくてもいい。人の子よ、人の女よ…………』と。
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