プロローグ(1)

1/1
前へ
/17ページ
次へ

プロローグ(1)

 その女は押し流されていった。  心が壊れ、ただの肉と化した女は、夢の中を歩くかのようにふらふらと町から出てゆき、一直線に進み続けた。  ……どれほど歩いたのか、わからない。  疲れないのは、足の感覚が希薄だからだった。  ……夜となり、朝がきて、昼となった。  ひたすらに歩いた女は、波の音に気付いた。  潮のにおいにも、気付いた。  天気はよかった。  青い空が広がっている。  ザザーン、ザザーン、と波の音が聞こえる。  崖の上には草木があって、濃緑色の葉を静かにゆらす木々が何本も立っている。  木と木の間から女は出てきた。  暗すぎる瞳の女は力なく歩いてきては、崖から下の海岸を見つめた。  崖の直下にはいくつもの岩があり、それに波しぶきがふりかかって黒い岩は濡れそぼっている。  …………。  ……どうして。  どうして……こんなことに……なってしまったのだろう……。  どこの何に問題が、あったのだろう?  ……どうして、どうして……なの……?  どうして、どうして……どうして?  私がなにをしたというのだろう……。  …………。  …………もう、いいだろう。  もう……これ以上、周囲の無理解に苦しむことなんかない。  ……ここから身を投げたら、楽になれる。  もう、ここまで追い詰められたのだから。  それも悪くはない…………。  最期の自由意志……。  誰も、誰も、認めてはくれなかった私の自由意志……。  こうやって、自由意志って、使うものだったのね……。  ……ふ、ふふふっ。  これまでのことが、ばかみたい……。  すっきりした顔をつくった女は深呼吸した。  …………それから、女は自ら、崖から飛び降りようとした。  そのとき、誰にも、女自身にも、予想できなかった異変が起こった!!!!  !!!???  ……あぁ、あっあ、何……これ、はッ!??  そうして、女は消えた。  風の音と波の音は戻ってきた。  ザザーン、ザザーン、ザザーンという音は繰り返し響き、岩を洗っていった。  崖の上の草地へ女はもういなかった。  …………。  …………。  …………。  …………。  …………。    ……え……。  ……あれ?  ……?  ……ん……??  …………?  身体の感覚はまったくないが、意識はあった。  夢の中とも違う……不思議な感覚だった。  …………!!??  いくつもいくつも現れた、その黒さだけで周囲を()み込む黒い塊が女へと近寄ってきた。  ……黒い煙みたいなそれらが音もなく近付いてくると、とても寒くて、凍えるほどに寒くて、熱を……生命力を吸い取られるように感じた。  身体の感覚はないのにそう感じた。 「……いやッ!!! あっちへ行ってッ!!」とも叫べない女はひたすらに怯えた。  ……!!!! ……!!!! ……!!!! ……!!!!  ……!!!! ……!!!! ……!!!! ……!!!!  心だけが震撼(しんかん)する女へとその中のひとつが直接、語りかけた。 『…………恐れなくてもいい。人の子よ、人の女よ…………』と。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加