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もう少し育ったら
僕には、秘密の恋人がいる。いや、恋人といっても、完全にこちらの片想いだ。
彼女は、今から5年前――僕が10歳の夜、初めて夢の中に現れた。現実では会ったことのない、大人の女性だ。
「もう少し育ってね」
彼女は膝を曲げて前屈みになると、細い腕を伸ばしてきた。腰まで伸びた艶やかな黒髪がサラリと揺れる。ツルリと滑らかな白い肌。黒目がちな大きな瞳。見つめ返すと吸い込まれそうになり、クラクラした。
それから、およそひと月後。
なんの前触れもなしに、彼女はまた夢の中に現れた。
「もう少し育ってね」
前回と同じように軽く屈むと腕を伸ばし、温度のない白い掌が、僕の頬をそっと撫でた。触れられた瞬間、心臓が壊れた。
朝が来て、母さんに叩き起こされても、僕は魂が抜けたようにベッドから動けなかった。日焼けしてクリーム色になった天井をしばらく眺めていた。
その、ひと月後。
「もう少し育ってね」
まるで約束したみたいに、夢の中の彼女は同じセリフを口にした。
「育ったら……どうなるの?」
ガチガチに緊張したまま、やっとそれだけ尋ねた。
やや吊り目気味のアーモンド型の瞳が、ゆっくりと細くなる。とても機嫌が良いときの猫のように。
「夢の外で、会えるわ」
「ホントに?」
すぐに聞き返すと、淡いピンクの唇が緩く弧を描いた。その微笑みは瞼の裏に刻まれた。
「もう少し育ってね」
「まだ会えないの?」
「もう少し……まだ早いわ」
そんな会話が繰り返されて……もうすぐ僕は16歳になる。
「もうすぐ、会えるよ」
長い髪を揺らして、彼女は僕を見上げた。夢の中で、いつの間にか僕の方が背が高くなっていた。
「ホント? いつ?」
見つめ返せば、その瞳に吸い込まれそうになる。胸はドキドキ……止まらない。
「うん、あと少し……もう少しだけ、育ったら」
あからさまに落胆の色を浮かべた僕に、彼女は唇を緩める。そして長く美しい人差し指で、僕の額に軽く触れた。やっぱり温度を感じないのは、夢の中だからなのかな。それとも僕の顔に血が上っちゃっているからなんだろうか。
「今度は本当だよ。あとちょっとだけ」
ずっとあなたに恋していた。夢の外で会えるなら、必ず想いを伝えるんだ。
「早く会いたい。僕、あなたに言いたいことがあるんだ」
「早く育ってね。楽しみにしてるわ」
きっと彼女は、僕の誕生日が来るのを待っているのだろう。
9月13日になったら、16歳。
あと3日で、彼女に会える――。
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