御話の怪物

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わたしたちは、スラムがいから怪物にさらわれた。 御話の怪物 怪物は、小さいこどもばかりを森の中の小屋に連れていった。 大きな手にこどもたちをいっぱい抱えて、お前たちはここで暮らすんだよととじこめた。 それは、昔ママに聞いたおはなしに出てくる怪物みたいで。 でも、ママはもう居ないから、本当におとぎばなしの怪物かたしかめられなかった。 怪物はわたしたちをおふろに入れて、きれいな服を着せてくれた。 おいしいごはんを1日三回も食べさせてくれて、ふかふかのベッドで寝かせてくれた。 こんなにしあわせな生活をくれたのに、他のこどもたちはこわがっていた。 怪物は、食べ頃になるまで良い暮らしをさせてあげる、と言った。 こどもたちはみんな、いつ逃げよういつ抜け出そうとかいぎをしていた。 そして、一人が逃げ出した。 でも、すぐに怪物に捕まって、頭から丸のみにされた。 逃げ出したらこうなるからね、と優しい声で怪物は言う。 それでもう、逃げようとするこどもは居なくなった。 それでもなんとか食べられないように、とかいぎを続けてた。 ソーセージがたっぷり入ったスープをお供にパンを齧りながら。 何年かして、私達は成長した。 皆が抗う為の鍛錬をしてる中、私は本を読んだり、怪物が料理をするのを手伝った。 皿洗いをしていたら、君は遊ばなくていいの?と怪物に訊かれた。 だって無駄だもの、と私は返した。 すると、君はいい子だね、と怪物はにちゃりと笑った。 暫くして、怪物が一人の男の子を連れて行った。 君は食べ頃だね、という笑顔で言う怪物の呟きに、皆震えあがった。 やだ 食べられたくない 死にたくない 怪物が抱えた少年は、そう泣き叫んだ。 私には、その気持ちがわからなかった。 怪物は優しかったじゃない。 綺麗な服を着させて、毎日三食食べさせてくれて、お風呂だって入れてくれたしふかふかのベッドも用意してくれたじゃない。 スラム街で生きていた頃より、幸せだったじゃない。 幸せなまま死ねるのに、どうして感謝しないの? 外で生きても幸せになれないのに、どうして? この疑問を抱いたのは私だけだった。 一人、また一人、大きくなった子供達は連れて行かれた。 皆悲鳴を上げて連れ去られた。抵抗する子も居たけど、怪物には敵わなかった。 きっと私の意見を言ったら、皆怒るんだろうな。 そう思ったから、私は無言でいた。 森の中は、いつだって青空だ。 私は、大人と呼べる年齢になったのだと思う。 皿を洗うのは自分の分だけになった。 静まり返った家で、本を開く。 その時、どさりという音が外から聞こえた。 私は少しだけ玄関のドアを開ける。 黒い巨体が見えて、私は外に出た。 私は此処に来て初めて悲鳴をあげる。 あの時私を攫った怪物が、横たわっていた。 駆け寄っても怪物は動かない。 死にかけているのが、わかった。 どうして。 私はそう言った。 声が届いて、三列の眼が私を見る。 我は、もう長くない 君は自由だ そう告げられ、私は、なんで、と言った。 私は街に帰りたくない。 私は生き方を知らない。 私はこの幸せの中で死にたい。 私は、生きたくない。 そう、泣きながら心の内を言った。 怪物は、その大きな手で私の頭を撫でた。 この世界は、君の様な人間が生きるべきだ 我を偏見無く見つめられる人間 小さな幸せの中で生きれる人間 そういう人間が、君だ でも、私は汚れた世界で生きたくない。 此処から、あなたから離れたくない。 そう吐露すると、怪物は優しく笑って目を閉じた。 頭を撫でていた手もどさりと地に落とす。 心臓の音が、無くなった。 怪物は、死んだ。 青かった空は、灰色の雲に覆われる。 怪物が作り上げた仮初の天国は、風化した。 一人だけ残された女がどうなったかは、誰も知らない。
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