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「どうした? 早夜兄」
「お、おれ……帰らないと。葦枇の家に」
怒られる、とつぶやく声が、細かく震えている。
「お前がいなくなったあとできた、おれの恋人なんだ。はやく、帰らないと……」
「早夜」
名を呼ばれ、その肩がびくり、と跳ねる。
「……あしび」
ガタイの良い、じゃらじゃらとシルバーアクセサリーで首元を飾り立てた若い男が、ずかずかと歩み寄って来、早夜の頭をつかむ。
「……それが、恋人?」
紅が、ぼそりとこぼす。眉間にシワを寄せ、彼をにらみつける。
「あ? 誰だそいつ。羽なんか生やしやがって、新手の中二病か?」
挑発的に眉を上げ、たずねる。
「そんな人外に覚えはねえなあ。お前の新しい相手か? ハハッ。なわけねーよな」
苦笑する。その瞳が、ぎらりと光る。
「厄介なもん育ててたもんだな、お前も。雛鳥みてえについてきてんじゃねえか。なあ。……でも、浮気は許さねえって言ったよな?」
手に力が込められる。早夜が、顔色を蒼くし、痛い、と、かぼそく悲鳴をあげる。
「早く来い。妙なのに、どっかへ連れて行かれねえうちにな」
「紅……」
ごめんな、と、無理に口元を引きつらせて、微笑みかける。
去っていく後ろ姿を、紅はしばし、無言のままに見つめていた。
◇
「はァ。苛々する」
玄関に荷物を放り込んで早々、葦枇は開口一番にそう言った。
「なあ。あいつ、何だよ」
振り返り、玄関口でうつむいている早夜に問うた。
「……知ってるだろう。あしびが、言ってたことじゃないか。紅だよ。羽沢紅」
おれたちが小学生の時に、いなくなった。
「んなこたわかってんよ」
目の光が強まる。
「もうお前、外に出るな」
「え……?」
「連れて行かれんぞ。マジで」
お前のこと、神だか何だかのエサにでもする気だろ。死に損ないが。
荒々しく吐き捨てる。
早夜の顔がゆがんだ。
「そんな言い方ないだろう! 幼馴染だぞ?」
「うるせぇ」
ばちッ、と頬が鳴る。早夜が呆然として、恋人を見上げた。
「口答えするな。オレは、お前を心配してんだ」
黙り込む早夜に、近づく。
「そもそも。最初に告ってきたのは、お前からじゃねえか。オレのまえであんなに鳴いておいて、今さら離れようとか、言わねえよな?」
口の端を吊り上げる。
「鍵閉めとけよ。不法侵入者が来るかもしれねえからな」
冗談めかして言う目が、笑っていない。
「今日は、オレも家にいるから。今日はすこし、寒いから、シチューにでもするか」
冷蔵庫を漁りに、足音が奥へ遠ざかる。
ひとつ息をつく。
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