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のろのろとソファに腰掛け、背をあずける。
「今日、仕事は?」
「早退してきた。しばらく、休みも取ってある」
「大丈夫なのか?」
「お前、オレを誰だと思ってんだよ。手持ちの業務はぜんぶ、終わらせてきてらぁ。あとは、取引先の返事待ちとか、そんなんばっかりだ」
早夜の心配を、鼻で笑う。
「最近クビになったお前と違って、仕事ができる男だからな、オレは」
「……」
唇をとがらせ、悪かったな、と言った。
「バカにしてるつもりはねえんだ。ただ、なんでいきなり切られたのか、説明もろくにないってのは、酷えよな」
「……最近、頭痛とか、原因不明の眠気が続いてて。仕事にならなかったんだ」
「ほう」
目をぱちぱちとまたたく。
「なんで、オレに言わなかった」
「いや」
続く言葉を、打ち消す。
「シチューの材料、あった?」
「おう。二人ぶん、ちゃんと買ってあった」
数日前のオレも、おなじこと考えてたらしいな。
笑みをこぼし、ひとつ、美味いのたのむぜ、と肩を叩く。
「あいつのことなんて、忘れちまおう。そのほうが、絶対にいいんだ」
言い聞かせるように。
「じゃないと、……ひどい目に遭うぞ、お前」
低い声で、ささやく。
「あいつらは人の感情なんざ、まったく理解しちゃいないんだからな。人形みてえに、弄ばれるだけに決まってらあ」
「今日は、ずいぶんとやさしいな」
言葉をさえぎる。
「たしかに、今日はびっくりしたから、ちょっと疲れたな。上で、一時間くらい休んできても良いか?」
葦枇は目を細めた。
「良いけどよ。夕飯の支度には、ちゃんと間に合うようにな?」
「ありがとう」
にこりと笑い、早夜はリビングをあとにする。
自室に戻り、ドアをきっちりと閉める。
「……」
あしびにいくらやさしくされても、心のなかからは、紅のさっきの言葉が、消えてくれはしなかった。
『それが、恋人?』
暴力的なところは少々あれど、たしかに彼は、自分の恋人だ。そこに、変わりはない。
あたたかく気遣ってくれるときだって、百のうち、一くらいはあるし、ずっと殴られたり、蹴られたりするわけでもない。
多少、居心地は悪いところはあれど。
その逆だって当然、ある。
(さっきからの暴言だって、おれのことを、心配してくれてるからこそ出てるものなんだってのは理解できる)
なのに、どうしてこんなにも、胸がもやもやとするのだろう。
布団に寝転がる。
「兄ちゃーん」
ふたたび脳内にリフレインする、おさない声。
(ああ、そうか)
ふと、早夜は気づいた。
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