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ちいさい頃から、ずっと、彼――紅のことを、見てきた。
それこそ、雛鳥を育てる親鳥みたいに、ずっと。
後ろについてくるからと、長いあいだ、面倒を見てきた後輩のことを、彼の人格もろとも、何回にもわたって否定されたのが、ひどく傷ついたのだ、自分は。
そう、知覚する。
(紅は、そんなやつじゃない。人間の心がわからない、なんて)
布団にくるまる。
(ああ。きっと、もうおれは、あいつのそばにはいてやれないんだ)
おれにはもう、あしびという恋人がいるから。
つぶやく。
涙が頬を伝う。
(きっと、おれも、あしびと同じ意見だって、思われてる。たとえ殴られても、あの場でちゃんと、撤回してやるべきだった)
たとえ、人間の心が、ほんとうにわからなかったとしても。
人並みに傷つく心だって、きっとあるだろう。
「紅、ごめん……」
はらはらと流れる涙が、いっこうに止まらなかった。
泣き疲れ、早夜は目をつむる。
職場でもここ最近、頻繁に襲ってきていた眠気が、ずしりと身体に覆いかぶさっていた。
(ああ、なんだかとても、……ねむたい)
部屋の窓がそっと、開いたことに、
彼は気づかないまま、眠りに落ちていった。
◆
ちいさいころのことを、思い出していた。
葦枇が、早夜の目の前に立ちはだかり、ちょっかいをかけている。
ニヤニヤとしながら、かじかんで赤くなった手で、顔をはさみ込む。
「わっ! ……あしび、つめたいよ」
「へへーッ」
快活に笑う。
さっさっ、と手早く作った雪玉を、ぽんっ、と早夜にぶつける。
「やめてよ」
「やり返してみろよ!」
白い歯を見せ、追いかけてこい、とばかりに、背を向けて走り出す。
「兄ちゃん」
「紅」
振り返る。
羽も生えていなければ、異界のことばを喋ることもない、ふつうの、……むかしそのままの、幼い姿をした紅が、葦枇をにらみつけている。
「わかんない。なんで、あんなことするの? 兄ちゃんにむかって」
ぼく、力がほしいよ。
ぽつりと、落とす願い。
「あんなお兄ちゃん、けちょんけちょんにしてやれるくらいの!」
「や、やめなさい。めったなこと言わないの」
早夜があせって止める。
葦枇は数メートルほど離れたところで、彼らを不審げにながめていた。
距離があるので会話は聴こえないものの、何かしら、自分について話されている気配を察知しているらしかった。
「オレがなんだって? チビ」
大股に歩み寄ってくる。
「訂正しなさい!」
不服そうに、頬をふくらませる。
「わかったよ」
息を、大きく吸い込む。
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