育雛と帰り

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「うるせえよ! こいつは、オレの恋人だ! こっちの、……早夜のほうから、オレに告ってきたんだっての! だから、」 「だから、嫌がることをしてもいいって?」 「……ッ」  舌打ちし、黙り込む。  紅が、早夜の頭をそっと、撫でた。 「早夜兄。俺は約束する。早夜兄の嫌がること、こわいこと、絶対にしない。言ってくれたら、すぐやめる」 「……嘘だろ」  葦枇が、馬鹿にしたように笑う。 「おまえは、人間の気持ちがわからねえ怪異じゃねえか。そんなの、受け入れられるわけがねえ。どんなことでも、非情にやってのけるに決まって――」 「うん」  紅がうなずいた。 「……え?」  自分で言っておいて、葦枇もぽかんとしている。 「え、は……?」 「だって」  微笑んだ口元から、長い牙が見える。 「いままさに、やってあげたくなっちゃってるもん。アシビ。……に、その、言ってるような、心も情けもないことを」 「……ひっ」  数秒経ってその言葉の真意を理解した葦枇が、さっ、と顔を蒼ざめさせた。 「わかった。好きにしろ」 「ほんと?」  葦枇が、手を大仰に振り、紅に言う。 「もう、こいつとは関わらない。テメェの好きなようにしろ」 「あしび……」 「さっきまで、あんなにムキになってたのに。簡単に、そんなこと言っちゃうんだね」  そっちのほうが、人間味なくない?  目をゆっくりとまたたき、紅が皮肉を言う。 「身の危険を感じたからな。これ以上、テメェの目があるところで、この関係を続けることに」  かるくうなずき、認める。 「部屋にまで、入ってきてんだもの。鍵は日ごろから、きっちり閉めてるはずなのに。人外だろ、マジで」  よくわからない罵り文句を飛ばし、それにな、と続ける。 「一目瞭然だったんだもんよ」 「え……」  どういう……?  早夜の質問に、舌打ちする。 「表情。そこのオコチャマに抱かれてるときのほうが、お前、しあわせそうだった。そんな顔、オレには見せてくれなかったよな」  自嘲的に、唇をゆがめる。 「しあわせにやってけや。言っとくけど、オレはテメェのことを、まるまる信用してるわけじゃねえからな。当然だが」  紅に、人さし指を突きつける。 「コイツへのかわいがり水準がオレを下回ったとき、いつでも奪い返しに来てやるから。覚悟しとけよな」 「ふふ」  紅が、すこしだけ柔らかさを足した笑みを、葦枇に向ける。 「わかってるんでしょう。そんな日が、来ないことくらい」 「黙れ。人さらい」 「……」  早夜を抱きかかえ、窓に向かって飛び立つ。
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