Spring

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Spring

「それじゃあ、来週の講習までにここまでの基礎はできるようにしてきてくださいね」 某年、季節は春。 机に広げていたハサミやコームをウエストポーチに戻し、バッグを手に学校をでる。 高校卒業後の進路を決める三者面談で担任に強く推薦された丸之内大学への進学を拒否した俺は現在、美容専門学校に通っている。 医者の道を切望していた父親には何度も殴られたが、両親の反対を押し切って美容師の道をえらんだ。 親からの圧力に言いなりで中学、高校と学年1位の成績を保ち続けた俺が難関大学の推薦を蹴ったおかげで、担任はおろか周囲から失望の目を向けられることとなった。 それでも満足できている。 他人からの期待に応えないのがこんなにも気楽なのかと、むしろ清々している。 「マーちゃんおつかれ!」 最寄り駅につくと愛おしい恋人が笑顔で迎えてくれた。 松本陸、俺の幼なじみで恋人。 陸とは付き合い始めて4年になる。 いつも笑顔で明るい陸は周りに友人も多く、俺にとっては太陽のような存在だ。 「陸おつかれ」 「むふふ」 「なに? ニヤニヤしすぎ」 「今日のマーちゃんの髪型かっこい」 「……そう」 陸の愛情表現は常に直球だ。 言葉も態度も素直すぎて照れてしまう。 そっぽを向いて無愛想なフリをしてみるものの、調子に乗った陸は顔をのぞかせてくる。 「照れたっ? マーちゃん照れたぁ?」 「うるさい。もうしゃべんないで」 「んん〜!」 口を手でふさぐ。 おしゃべりな陸を黙らせて電車のホームへ向かった。 両親が厳しく上手くいっていない家庭環境の俺はいま、陸の両親である松本亮雅さんと椎名優斗さんの厚意でマンションの一室を借りて生活している。 亮雅さんと陸は血縁の親子で、優斗さんとは血のつながりがない。 男性同士の婚約は、パートナーシップ制度という結婚に近い制度によって家族関係として認められる。 そのため形式上、陸たち3人は家族関係だ。 マンションのエレベーターに乗り込み9階を押す。 「優ちゃんがね、マーちゃんとふたりで食べてねってお菓子くれたからお部屋に入れてるよ」 「ありがと。あとでいっしょに食べよう」 「わーい! たべるー!」 俺の部屋は9階の902号室。 合鍵も陸に渡してあるから、好きなときにお互い出入りしている。 こんな高層マンションの一室を借りて生活できているのも、亮雅さんと優斗さんの優しさのおかげだ。 2人にはほんとうに頭が上がらない。 俺の専門学校に通う費用を全額負担してくれたのも優斗さんで、しかもその費用は返さなくていいと言われた。 そうは言われても、血縁でも身内でもない俺が金銭的な世話を受けているばかりでは気持ちが悪い。 美容師、いずれヘアメイクアップアーティストとして活動を始めた頃には今まで受けてきたご恩を返したい。 そう思いながら生きている。 「ただまーっ」 玄関を開けると、陸がベッドの方へ駆けていきダイブした。 やれやれ…… 保育園というかなり小さい頃から縁があるためか、陸は俺にまったく気を使わない。 それが気が楽で陸の好きなところでもあるが、靴くらいは揃えてほしいと思ったり。 「ベッド、誠のにおい! しあわせ〜」 「すりすりしない。変態陸って呼ぶよ」 「あはは! やだぁっ」 「差し入れってこれ?」 テーブルに置いてある梱包済みの箱を手にとる。 「そだよぉ。クッキーとかミニケーキとか入ってるの」 「へえ、優斗さんにお礼しとかないとな」 「ねー、マーちゃんちょっとこっち来て」 「ん」 ベッドの方に呼ばれて陸の隣へ腰かけたとき、腕を回してきた陸に強い勢いで抱き寄せられてベッドへ倒れる。 「うわっ」 抱き合った形でお互いベッドに横になり、陸の強引さには眉をゆがませた。 「びっくりするだろ……いきなり」 「んー。だってこうしたかったんだもん」 「そんな安心するの、俺」 「うん! こうやってしたら気持ちがぽかぽかする」 「へえ、よくわからないけど」 陸は赤ちゃんだ。 性行為をするわけでもなくただ抱き合うのが特に安心するようで、2人のときはいつも求めてくる。 とはいえ陸の体温が好きな俺も断ったことはない。 いくら親に殴られても、陸とこうしてくっついているだけですべて浄化されるからすごい効果だ。 「ふふ……いっぱい充電する」 「……」 「ヒャッ! 首噛まないで!」 陸の無防備な首筋を甘噛みすると、とたんに頬を紅潮させてにらんできた。 「だめですっ」 「……へい」 「心がこもってない!」 「だめって言われるとよけいにやりたくなる」 「もぉっ、だめだめ! 陸はくっつきたいだけなの!!」 「はいはい、わかったよ」 大人しく従えば満足げな顔をする。 かわいい。 もういっそ、このまま死ぬまで動かなくてもいい。 なんてさすがにキモいか。
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