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「あったかマーちゃん〜」
「……」
学校の疲れでそのまま寝そうになった俺は自分にムチ打って起き上がり、陸の頭を数回なでてベッドを降りた。
「あぁー……離れちゃった」
「まだ寝れない。陸は絵の練習しなくていいの」
「マーちゃんが学校行ってるとき、ずっと描いてたよ。そこの立てかけてるキャンバス見てみて」
窓に立てかけてある裏返しのイーゼルを少し窓から離してのぞいてみる。
難関入試を突破し美大に通う陸の絵は優しいタッチで色鮮やかだ。
果物や猫を描いたらしいその絵にはきっと芸術的なテーマがあるのだろうが、あいにく俺は芸術には精通していない。
「きれい」
「えへへ〜、ありがとぉ」
「芸術ってよくわからなくてさ……でも美大に合格するのは丸大に合格するよりも難易度が高いし、陸はすごいな」
「お絵かきいっぱいしたもん! 僕ね、絶対にたくさんの人を笑顔にできる画家になるの」
「……ふ、なれるよ。陸なら」
心優しくて温かい陸の絵は芸術がわからない俺の心にも深く刺さるし、その道に精通している人たちにはもっと感動できるものなんだろうと思う。
うらやましいくらいだ。
陸のこの絵のよさがより深く分かるのは。
「えらいえらい」
「やったぁ。マーちゃんに頭なでなでされるの好き」
「犬みたい」
「じゃあマーちゃんはネコ!」
「じゃあって何」
「だってマーちゃん、ツンデレだもん」
「デレの要素ないから」
「ほらそゆとこ〜! 僕に興味なさそうなのに僕のこと大好きだし? 急にくっついてくるとこかわいいしぃ?」
「……」
にひひ、とからかうように笑う陸。
やっぱりこの男は小悪魔だ。
自分のかわいさに自覚をもってる。
それに、俺が陸のことをずっと好きなのも。
「はぁ……なんか疲れた。やっぱ寝よ」
「えぇー! なんで!」
「陸がうっとうしいから」
「うっとうしくない! マーちゃん寝るなら陸も寝るっ」
「ひっつき虫じゃん」
「そうだよ! 陸はマーちゃんのひっつき虫〜!」
ベッドに横になった俺にべったり引っついてきた陸を無視して目をつぶる。
腹に回してきた手がぎゅっと力を込める感触がして、下腹部が熱くなってきた。
ああ、もう寝よう。
頭の片隅に湧いてくる欲望を振り払うように、俺は睡魔に身をゆだねた。
____
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俺は専門学校に通いながら、亮雅さんが支配人を務めるホテルでバイトをしている。
特に趣味もない俺には金を使う当てがなく貯金だけが溜まっていく。
趣味といえば誰かのヘアセットをすることくらいだ。
陸の毎朝のヘアセットは優斗さんがしていたらしいが、今はほとんど俺がしている。
練習にもなるし陸もうれしそうにしてくれるからたのしい。
たのしい、なんて親の言いなりになっていた頃にはあまり感じられなかった感情だ。
「もしもーし、由美ちゃんもたっくんもおつかれ!」
夕方になり、陸はスマホをテーブルに置いてビデオ通話を始めた。
同じ美大の同級生らしい。
由美ちゃん、というのは高校でもクラスメイトだった笠井由美さんだ。
成績学年3位で美術専攻だった彼女は高校の頃から陸と仲がよかった。
たっくん、と呼んでいる人は大学で出会ったようで俺もよく知らない。
「え、みんなでバーベキュー!? したーい!」
『陸くん絶対好きだと思った! いつメンで集まってやろうよ』
「やるやる! 将大とかもくる?」
『もちのろん! とりあえずいつメン含めて8人は集まると思うぜ』
「大人数バーベキュー最高っ」
陸は友人が多い。
幼稚園、小学校、中学……と長い付き合いのなかで人気者な陸を俺は知っている。
それが仕方ないことだとわかっていても少しモヤモヤしてしまう。
いつか陸が他の誰かを好きになって、俺の目の前からいなくなるんじゃないかと。
しばらくしてビデオ通話を終えると、今度はカメラなしのグループ通話に切り替わった。
3人で話していたのが5人に変わり、各々が好きなように話し始める。
「え、わかるー! 昂ちゃんは絶対スパダリタイプ!」
テキストを開いて勉強をしていた俺は、その手を止めて通話中の陸にべったりとくっついた。
「!」
肩に顔を埋めて腰へ手を回す。
「あぁっ、うん! そ、そうだよ。僕もそろそろ決めなきゃね」
『そうだぞ〜。由美なんてもうぜんぶ終わってるし』
「はっや、さすが由美ちゃん」
陸は一瞬だけ動揺を見せたあと、俺の頭に自分の頭をあずけてきた。
ガキみたいだ……俺。
空いている手をとって、指にふれる。
俺だけの陸でいてほしい。
束縛なんて、したくないのに。
「うん、じゃーねー! また明日っ」
陸のいつメンとの通話は1時間ほどで終わった。
スマホの画面が暗転すると、陸はからかうようにこちらを見てくる。
「マーちゃん寂しがり!」
「……べつに寂しがってないよ」
「嘘つき〜。猫みたいでかわいいねっ」
「陸は、友人多いじゃん。俺の数十倍」
「でも陸の一番は誠だよ??」
「……そ」
素直にうれしいと言えればいいのに、未来はわからないと思ってしまう。
そう思っているだけなんじゃないかって。
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