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「ごめん。僕は……平気で嘘をつく人間を信用できない」
「……悪かったって」
「上手くいってると浮かれてる僕を、内心馬鹿にしてたのか? おじさんを弄んで……楽しかったか?」
怒りに包まれた言葉はナイフのように鷹哉に刺さっていく。しかしかき消えそうに震えた声が一番堪えた。
自分は取り返しのつかないことをしてしまったのだと、ようやく気づく。
「……帰るよ。もう君の前には姿を表さないから安心してくれ。君も……忘れてくれ」
「…………」
待ってくれ、なんて言葉は掛けられなかった。善が立ち上がり、明日着る予定だった衣服を身につけ、自分の荷物だけ纏めていくのを茫然と見ている。
確かに現実はそこにあるのに、認められない。信じたくない。
鷹哉はソファに座ったまま空虚な顔つきで、こちらを一度も見返さず出ていく善を視線で追っていた。
(……え? おれ、なにやった?)
音も立てずに扉が閉まって、何分も経ってから鷹哉の思考は動き出した。す、と立ち上がり、部屋のあちこちを点検する。
善がなにか忘れ物をして、取りに戻ってくるかも。今のは冗談で、本当は戻ってくるつもりかも。
(……なんて、あり得ないことはおれが一番わかってる)
善を怒らせ、悲しませてしまった。鷹哉にとってはお遊びの延長線上でも、『嘘』は善にとって特大の地雷だったらしい。
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