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1.
薄明かりの差しこむ部屋の中、優しい声が降ってくる。
「きみ。……あの。……ねぇ、起きてる?」
ベッドに突っ伏し、重だるい腰の痛みを甘く感じながら、鷹哉は思った。
(だり〜〜〜。ワンナイトなんだから、さっさと帰れよ……)
バーで出会って行きずりの関係を結ぶようなやつなら、それなりの作法は知っているはずだ。雰囲気から真面目そうな男だとは思ったが、ホイホイついてきたし。
(いや……? 顔色は変わってないように見えたけど、実は酔ってたか? なにかに『負けた〜!』とか言って、浴びるほど呑んでた気がしてきた……)
男は「どうしよう、もう時間が」などと言って慌てているくせに、しつこく鷹哉に声を掛けてくる。仕方ない、起きてやるか。
「――ふぁ〜、ねむ……。あれ、まだいたんだ?」
「あっ、お、おはよう! あの……もう行かなきゃならなくて」
片目を開けて見た顔は、宵闇のなかでなくとも綺麗だった。清潔そうな黒髪にくっきりとした二重の目。年上には違いないが、目尻が少しだけ下がっていて愛嬌のある顔だ。
誰が見ても美形。男くささとは無縁な感じで、女子にモテそうでもある。逆にあまりゲイ受けはしないだろうな、と思ったけど……
(夜はすごかったな……こう見えて、絶倫かよ……)
一、二時間前まで抱かれ続けたのだ。まだ違和感の残る尻の感覚を無視しながら、暗に『帰れ』とほのめかす。
だが男はまだ、帰るのを躊躇っている。鷹哉はそっけなく返した。
「行けば? おれはもうちょっと寝てくわ。――じゃあな」
「あの!!!」
「声でか」
「連絡先だけでも……教えてほしい」
必死すぎて笑えた。どうやら珍しい男を拾ってしまったみたいだ。気楽なのが好きだからワンナイトを続けているのに、この男はめちゃくちゃ純情だ。
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