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鷹哉が断ったことで脈がないと伝わったのか、男はチェックを告げて席を立った。一緒に来た人は置いて帰るらしい。
マスターは忙しそうなので自分で会計し、ドアの外まで見送る。
「なんだ。本当はその気なんじゃないか」
「あの……困ります!」
見送りはここの客みんなにやっていることだ。それを勘違いして、男は鷹哉の身体にベタベタ触ってくる。
暗がりのなか、ドアと男に挟まれ身動きが取れなくて焦った。太っているから、無駄に体格がいいのだ。加齢臭が鼻をつきえずきそうになる。
「はぁっ、はぁっ。可愛いお尻だね。エッチできるホテルにいこう」
「行きませんて! 離してください!」
まじキモいんですけど! 無理!
大声を出せば店の中に聞こえるか……? この時間帯に同じ階で営業している店はもうない。
勝手に尻を揉まれ、ぞっと鳥肌が立ったとき。
――第三者の声がその場に響いた。
「そこのあなた。彼はあなたの行為をとても嫌がっているようです。刑法二百二十三条、強要罪なら三年以下の懲役。刑法百七十六条の不同意わいせつ罪が認められれば、十年以下の懲役になりますよ」
「は、え……?」
男はポカンとして振り返り、鷹哉も信じられずに目を見開いた。男の肩越しに、スーツ姿の男性が見える。
「その手を離しなさい。いまの状況はそこの防犯カメラにしっかりと記録されていますからね。離さないと今すぐ通報します」
「わっ。待ってくれ待ってくれ! 私は何もしていない!」
年齢的に社会的立場のある人なのかもしれない。間違っても通報されては困ると、男はハンズアップして見せてから転がるように逃げていく。
エレベーターを待つより階段を選んだらしい。ドスドスという足音が遠くなり、そのうちに聞こえなくなった。
沈黙がその場を包み、いたたまれなくて視線をウロウロと彷徨わせる。どうして善がここにいるのか全く分からない。
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