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「……助かりました。ありがとう、ございます」
「あああああの! ごめん。これは決してストーカーではないから!」
馴れ馴れしくして引かれたくない。そもそもあんなことがあった後で、いったいどんな態度を取ればいいのか。善から何を言われるのも怖くて、他人行儀な態度で頭を下げる。
しかし善の態度は出会ったころに逆戻りしている。また法的な心配をしているようだと、変わらない様子にちょっとだけ気が抜けた。
「どうしてここにいるんですか? あ、普通に飲みに来たならどうぞ。おれはもう上がるんで」
訊いてから、酒を飲みに来た以外の理由があるかよ? と自問した。いやでも、自分を裏切った男に会う可能性が高い場所にわざわざ来るなんて思わないだろ。
(もしかして、法的措置に出る……? 詐欺とか詐称罪? やべぇ、土下座で示談とかできるかな)
ホッとしたり緊張したり、ぱっと見は無表情でも、鷹哉の頭のなかはだいぶ混乱していた。うつむき加減の善が口を開く。
「……気になって。体調はもう、大丈夫なのか?」
「知ってたのか? 全然。このとーり。元気ですよ」
「よかった……!」
まさか鷹哉がしばらく休んでいたことを知っているとは思わなかった。嫌いなやつ相手に、よく心配できるなと感心する。
両手を広げて快癒をアピールすると、善はあからさまに胸を撫で下ろした。こわばっていた表情が緩まり、優しい顔が現れる。
「…………」
突然、衝動的に抱きつきたくなった。ああ、善のこんなところが好きだったのだと思い出すように心が温まり、愛おしさがあふれ出す。目の奥が熱くなった。
もっとも、つい一歩だけ踏み出した足はそこから動かなくなった。
違う。自分にこんなことをする権利はない。善に歩み寄る権利なんて。
先のことを考えずに行動して好きな人を傷つけることを、もう二度としたくない。
ぐっと唇を噛みしめて、視線を足元に下ろす。後悔と切なさで息が苦しい。
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