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モテるからしょうがないことなのかもしれないけど、そんな相手の彼女の一人になれるだけで嬉しいと思うべきなのだろうけれど、リコには無理だった。
恋愛に関して、努力はした方だと思う。
ダイエット。化粧のテクニック。服装のセンス。習い事。学力。
でも、期待した成果は得られなかった。
友達の延長みたいな相手がよかったのに、獲物みたいな目でいつも見られた。
友達の紹介、同じ学部、サークル、はてはマッチングアプリ。
全部が駄目で、疲れ果てていた上のすっぽかしで、心が傷んでいたらしい。
(ううん。呪いを生成していたって言われたわ。隣の男に)
リコはなぜか、反対方向に寝返りを打ちたくなった。
大きな背中。
少し自分を卑下する癖があり、そっけない態度を取る男だけが、今のリコには頼りだった。
額だけ押し付ける。
少し寝入ったらしい。
ベットの揺れで目が冷めた。
寝ぼけ眼で瞼を開けると、窓の外は白んでいた。
アズがリコをまぶし気な顔で見下ろしていて、やがて額に唇を落としてくる。
そして、
「あ~。女の体に触れるなんて何年ぶりだ?」
と寝起きで少し低くなったざらついた声を残し、アズは足音を立てて階下へ。
しばらく待ってみたが戻ってくる感じはない。
「さっきの何、あれ?」
リコは額を抑える。
「眠っている相手に断りもなしに」
でも、さっきのは性的な意味は無い気がした。
まるでお礼をされたみたいな?
「女の身体に触れるのが何年ぶりって。数日ぶりの間違いでしょ。よく解らない人」
いや、それよりもよく解らないのが、自分だ。
ベットには他人にぬくもりがある。
嫌な暖かさではなかった。
あの人、即物的な性格では無さそう。
性的な欲求もゼロでは無さそうだけど。
知らない相手だけど心地よい。
まるで、家族や信頼できる友人みたい。
「もう少し眠らせてもらおう」
昨日は理由が解らなさすぎて、日本に帰りたいという気持ちしか無かった。
それが今朝になって薄れている。
多分、ここが安全だと感じたからだ。
今いる場所も住んでいる男も。
元の世界に帰れる術は今のところ無い。
必然として、異世界に留め置かれることとなる。
数ヶ月、いや、数年、下手したら一生なんてこともありえるかも。
「覚悟しなちゃ」
いい男探しのネットワーク繋がりで仲良くなった大学のクラスメイトは「リコちゃん。最近、大学に来ないねえ」「黙って辞めたんじゃないの?」なんて会話をするだろうが、一ヶ月で話題に上がらなくなり三ヶ月で存在を忘れるだろう。合コンではライバルが一人減ったと思う子もいるかもしれない。
これまで出会った男たちなんて、リコと連絡が取れなくなるやいなや秒で連絡先を消すはずだ。
寂しさや悲しさは皆無だった。
「あれ……?私……?」
望郷の念がまるで無い。
「帰りたくないの?帰れなくてもいいの?」
異世界にいたままじゃ、恋愛も結婚も出産もできない。就活だって。
どれもがリコにとってはしんどい事柄で。
「人生でしなくちゃいけないことが、ここではできない。特に、恋愛。異世界の人間としたい人なんてほとんどいない。じゃあ、私」
脳裏にアズの顔が思い浮かぶ。
「あの人と上手くやっていけたら、黒魔導師の弟子とかなれたら、それが無理なら家政婦とか身の回りの世話でもいい。そうしたら、」
それは天啓のような気づきだった。
「―――もう、恋愛しなくていいかもしれない」
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