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おまけ
ふと、駒は美女媛に尋ねた。
「媛は何故、稲目様の妻になられたのです」
媛は邸の外、稲目の陵がある方を見ながら、偲ぶように言葉を紡いだ。
「無理やりこの国に連れて来られた時は、仇に辱めを受けるより、舌を噛んで死んでやろうと思ったよ。 まあ、口枷を噛ませられてそれも出来なかったけどね」
「⋯⋯」
「祖地から奪ってきた宝と共に、我々があの人の前に連れ出された時、あの人、何て言ったと思う?」
駒は少しの間考えてみたが、見当もつかなかった。
「分かりませぬ」
媛は思い出し笑いを浮かべて答えた。
「胡床からすっくと立ち上がったあの人は、妾の前で腰を下ろすと、妾の手を取り、真っ直ぐ見据えてこう言ってきたんだ」
『汝、吾が妻として生き、吾に智慧を貸してくれまいか』
「通事の言葉を聞いて、耳を疑ったよ。 妾の国の事を知りたいのだと」
「それは⋯⋯」
駒は媛の言葉に唖然とした。その科白は、嘗て己が帰化する際、馬子から掛けられた言葉と殆ど同じだったからである。
「媛はそれで、申し出をお受けになったのですか」
「いや、最初は無難な言い訳をして誤魔化したよ。 妾から内情を聞き出したいのが本音だろうと思ったからね。 実際、それもあっただろう」
媛は袖で上がった口角を隠しながら続ける。
「しかし、笑ってしまう程に執拗く誘ってくるんだ。 牢にまで見舞いに来てさ。 それで妾も漸く、内情を聞き出したい以上に、あの人は本気で惚れて、歩み寄ろうとしているのだと分かった。 でも、妾には家族同然の吾田子を失いたくなかったから、彼女も妻に迎え、妾と同等に接する事を条件にしたらさ、意外とすんなり受け入れてくれたよ」
媛が話し終えると、駒も陵の方を見ながら言葉を零した。
「成程、噂には聞いていましたが面白い御方ですね」
媛は駒のほうに向き直り、揶揄う様に笑う。
「それは若も同じだろう?」
「まあ、確かに」
「汝は若に何て口説かれた?」
「媛が稲目様に掛けられた科白と、殆ど同じですよ」
『貴殿、我が輩となり、吾に智慧を貸して頂けまいか』
「ふふ、“父傳子傳”とは良く言ったものだ」
「ええ、全く」
二人が微笑を交わしながら噂しているとは知らず、馬子は宮の高殿で小さく嚔をした。
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