「嫁」

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「嫁」

俺のプレイしているキャラクターネームはCaesar。 シーザーと読む。 世界史で習った皇帝の名前がかっこよくて、そんなかっこいい存在に、ゲームだけでもなりたくて。 それで付けた名前だ。 リアルの名前はまったく違うものだが、ここでは触れない事にしておこう。 なぜなら、この話はあくまでこちら側の話、だからだ。 俺にはゲーム内には嫁がいた。 2人で組んでもう何年も経つ。 いくつものゲームを一緒にやってきたか、数えると大変になるくらい。 嫁の名前はKanon。カノンだ。 お互いに出会ってからずっとこの表記で、カタカナではなかった。野良パーティと呼ばれる、その場でいる人達で遊ぶ即席チームで知り合って、それぞれの名前の読み間違いがきっかけで仲良くなって。 そして、ゲーム内で相方になった。 ボイスチャットとかやることもあったけど、でも、リアルはリアル。ゲームはゲーム。 割り切っていたつもりなので、会ったことは一度もなかった。 顔写真を貰うこともなかったし、送ったこともなかった。 本名は名前だけ聞いてはいたけど、漢字は知らない。 そう言う、こちら側だけの関係だった。 さて、普段ゲームをあまりしない人に分かるように、若干解説しよう。 嫁とは言うが、リアルとは関係ないゲームの中の話だ。 ゲームによっては、結婚はプレイにはいっさい関係なく、形式的なプレイヤーが行うプチイベントなこともある。 しかし、ゲームによっては課金や難しいクエストの上に成立するもので、特殊アイテム、特殊称号、特殊クエストなど、結婚制度を利用してないと出来ないサービスがあり、レベリングに重要なものだったりするのだ。 のんびり遊びたい人にはお遊び要素が大きいのかもしれない。 でも、少しでも強くを願っていた場合、そのほんの少しの差は蓄積して、大きな差となる。 俺はどちらかと言うとガチ勢なのだ。 少しでも強く、強く。 名前に恥じないように。 特定の嫁がいると、便利だ。 中には疑似恋愛を楽しみたくて、ゲーム内でデートを重ね、口説き、そして結ばれるカップルもいる。 でも、俺はそんな時間があれば少しでもレベリングしたいから、だから結婚制度があった時に即結婚してくれる固定の嫁がいると助かるのだ。 Kanonと俺は時間帯も合っていたので、延々と時間が許す限り一緒に遊べた。 プレイスタイルも似ていたので、やりたい事も近くで楽しかった。 ずっと過去形で紹介してるのは、もうKanonはこの世にいないから。 今日はKanonーー中の人と言うべきか? リアルKanonーーの葬式だったのだ。 Kanonはすぐ死に至るような病気はなかった。体調を崩すことはちょくちょくあったが、毎日夜中までゲームで遊ぶ程、元気だった。 一昨日の最後の夜も普通にいつも通りにログオフしたはずだった。 どうやら自死のようだった。 具体的にその辺については、ご遺族に聞けなかったが、周りの様子とかで何となくそうだろうと感じた。 そもそもご遺族にしてみたら、こいつは何者なんだと思ったことだろう。 俺も昨日ギルドのサブマスに言われなければ来なかった。多分、他界している事も知らずにいただろう。 親戚と友人が少し参列してるささやかな葬儀だった。 そして、俺は葬儀の遺影で初めてリアルのKanonの姿を知った。 小柄で弾ける直前の鳳仙花のように、儚げな所もある明るい笑顔の女性だった。 色白で線が細い感じだった。 勇ましい、はきはきとした雰囲気の、まるでジャンヌ・ダルクみたいなKanonのイメージとは、ちょっと違っていた。
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