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『ねぇ、ふたりに、いいたいこと が あるの きいてくれる?』
もう手話をするには腕ごと動かせない志津里が、ノートに弱々しい文字を
ペンで書いてきた。
『ほうさく とーきょー に いるんでしょ?』
「志津里!」
「母さん?」
志津里は微笑んだ。
とても、穏やかな顔で。
『くるまいす でね ロビー とおったとき テレビ
そこに うつってた ゲスト でてたね』
あぁ、そうか!
病院を車椅子で進んでいたときに、ロビーのテレビで偶然に、豊作が
出演した番組を観てしまったのだ。
『ぜんぜん きづかなかった ずっと うそついてたのね』
涙を目にためながら、志津里がペンで書き続けていく。
豊作がそっとハンカチを出して志津里の涙を拭いた。
私も涙ながらに手話で志津里へと話しかけた。
『私が、豊作が、東京へ、行くことを、許したんだ
責めるなら、私にしてくれ、豊作は、悪くない』
志津里は、ただ優しい顔でうなづいてくれた。
『ありがとう』
『そこまでして くれたから わたしは しらないまま しあわせに
くらせた とても しあわせに』
『ふ た り と も ありがとう。』
文字は歪みきっていたが、私たちは、間違っていなかったのだと。
そのことだけは明確にわかった。
私と豊作とで志津里を中心に抱いて泣き合った。
そんな家族を邪魔せず見守るかのように......。
音も立てずに桜の花びらが舞っていた。
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