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その音楽の日には九時には先生の家に行くことになっていた。先生の家はの家からちょっと離れていて、都電を使わないといけない。数駅行った先に最寄り駅があって、そこからさらに十分ほど歩く。その日もそれは同じで、休日とはいえそこそこ混んでいる路面電車の中。駅が近づくたびに胸が高鳴った。最寄りで降りると秋の初めの涼し気な空気が僕を包む。八月までの暑さは己の内の高揚にも負けないくらいだったのに、その時はむしろそれを冷まそうとしているかのようだった。毎回楽しみすぎてついつい演奏の間違いをしてしまっていたし……仕方ない気もしていた。やがて家の前に着き、戸を軽く叩く。彼女……先生の家は立派だった。先生になるような人なのだから当然とも言えたが。
「桐生くんいらっしゃい」
やがて中から女性が出てくる。真っすぐな黒髪を一つに纏めて小花柄の着物をまとっている彼女こそが先生だった。
「清水先生……おはようございます」
その時の僕は純粋無垢だったのかなんなのか知らないが、先生の目を真っすぐ見つめるということが中々できなかった。あの優しい目ははっきり覚えているのに。
「さ、早くやりましょうね」
僕は彼女に誘われるままに家の中へと入った。
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