ひとさしゆび

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「モモ、お出かけだよ!」 私が人差し指を差し出すと2歳の娘は細くて短い指でしっかりとその指を握った。 3年前の夏、いつもの様に忙しく仕事に追われているとデスクの引き出しからスマホの振動音がした。 開くと離れて暮らす夫の会社からだった。 「ご主人が亡くなりました………」 何を言ってるか理解が追い付かなかった、ただ電話の向こうの声が震えていたのはわかった。 私は何がなんだかわからないまま、無意識で伝えられた事を聞こえたまま、テープの文字起こしをしている感覚でメモをしていたのだと思う。 その紙が濡れていた。無意識にただ涙だけが流れていたのだろう。 濡れた紙にその時世界中に恐怖をもたらした病名を書いていた。 明日は夫の命日。 朝から残酷な暑さ、街が黄色いセロファンに覆われてるかの様な日差しの中、東京で暮らす私と娘は海沿いの小さな町に向かった。 モモは人差し指を握りしめ、時おり私を見上げながら保育園で覚えた歌らしきものを口ずさみ、楽しそうに歩いている。
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