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「おかえりー」
間延びした声が、キッチンの奥のリビングから聞こえてきた。さっきまで寝ていた洋一郎が起き出したらしい。洋一郎はふだんの仕事が激務なので、休日は夕方まで寝ている。
「葉月の出ていく音で目ぇ覚めた。コンビニ?」
私はバターの冷えた箱をキッチンテーブルに置きながら、
「そ、今夜はね、鮭のムニエルにしようかって思ったんだけど、バター切らしてたから」
「そう......」
気のなさそうな洋一郎の返事。
「それよりさ、ちょっと外に出てみなよ。夕陽がめっちゃきれいだから」
そういうと洋一郎は無言のままのっそりとリビングを出て、キッチンを横切って玄関の三和土にあるかかとの潰れたスニーカーをつっかけた。重いドアの開く音。私は冷蔵庫から鮭の切り身をだす。オレンジとピンクを合わせたような瑞々しい鮭の色がキッチンの灯りに浮かぶ。いかにも新鮮そうだ。寝ている洋一郎を尻目に私は今日はまともな食事を給しようと昼間はスーパーに買い出しに行っていたのだ。白ワインは前のものがまだ使えるはず。そろそろポテトサラダ用の野菜を刻もうか。
「夕陽って?」
洋一郎が玄関のドアを閉めた。私は顔を上げた。
「え、きれいじゃない?」
「もう見えなかったよ。黒い雲の中に隠れたんだね。でも筋みたいなオレンジ色の光線はあったよ」
洋一郎が履き捨てたスニーカーを今度は私がつっかけて通路に出た。なるほど、あの丸いほおずきの実はもう形がなくなってしまっていた。
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