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鮭の切り身にはキッチンペーパーを巻いて水けを軽くとる。小麦粉をキッチンの上のシェルフから取り出した。
「俺の好きなもん、覚えててくれたんだ」
よく眠ったためか洋一郎は上機嫌だ。
「母さんが得意でさ、子どもの頃から好物」
切り身に入れる包丁を持つ手の圧が少し強くなった。
「うちはさ、貧乏だったし、塩鮭がたまに出るくらい。売ってる鮭では味薄いて言って、母親が粗塩をまぶして焼いてた。」
「へえ」
「なんかね、何でも保守的なのよ、うち。新しいものを忌避する。それでいて昭和の食卓だとか自分で言ってた」
「ヘルシー志向?」
「そんなんじゃないよ」
「お祖父さんとかお祖母さんとか同居してたっけ」
「違うけど、特に母親は……子供に贅沢させない方針だっていつも言ってたから」
洋一郎の返事がないので振りかえると、さっきとは打って変わって表情が消えていた。
嫌な予感がしつつも、何か高ぶったものが湧いてきて話を続ける。
「さっきのジュースだって、あのジュース飲んだせいで虫歯が出来た。あんたは贅沢だってさんざん言われた。甘いものなんか飲むからって。……でもさあ、最近では虫歯だらけの子は虐待されている可能性が高いっていうじゃない。ね、今思えば小学校にも上がってない子供の虫歯って、母親の責任よね」
ジャガイモを四つほどに割ろうと包丁を入れて、滑って軽く左の人差指を切った。わずかな赤いしみがまな板に出来た。
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