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推しを見ながら死ねるなら幸い
車に轢かれた。
だから転生できるんだと思った。迫ってくるトラックにも「ああ、あれな」って思った。
でも、道路の向かい側にいた河野くんを見ていられたから、「推しを見ながら死ねるっていいなあ」とも思ったのだ。
最後に目に焼き付けて、青春の輝かしい1ページとともに、異世界転生しようと思った。
なんかおかしいなと思ったのは、視界がぐらんぐらんに揺れて吐きそうになったからだ。
――こういうのって瞬殺じゃないのか。
でもマジでキツイ。口にしたってどうなるってものでもないけど、わたしはつい「助けて」と叫んでいた。
「ん?」
揺れがピタリと止まる。ぎゅっとカバンとジャケットに挟まれて、わたしはようやく自分が「カバンに付けられたマスコット」に憑依していることに気付いた。
最後に見つめてたやつだ。河野くんのカバンについた、耳の長い、白いぽわぽわのやつ。硬派であまりじゃらじゃらキーホルダー類を付けない河野君のカバンに、何かが揺れていたから、つい目を止めてしまったんだった。
その河野君の付けたマスコットに入ってる。
――てか、ちょっとすごい体温を感じるんですけど、これどうしたらいいの。
むぎゅっとカバンごと抱きしめられてて、河野君の鼓動まで伝わってくる。わたしは慌てたのと苦しいのとで、やっぱり叫んだ。
「く、くるしいよ……河野君、ゆるめて」
「え……」
願ったとおり、ふっと圧がなくなる。と、同時にぽっかり空いた上部の空間から、覗き込んでくる河野君と目があった。
切れ長のちょっとセクシーな黒い瞳。長めで無造作な前髪。むすっとした顔すらイケメンで、学年でも国宝級と珍重される顔面が迫ってくる。
「……大野……蜜柑?」
――な、なんでフルネームで言う????
だいたい、今の自分はマスコットだ。姿も形も微塵ほどの面影もない。なのに、なんで声だけで自分の名前を特定したのだろう。
おそるおそる見上げると、河野君はもう一度声を確認しようとしているかのようにじっと見つめている。わたしは心臓がバクバクしっぱなしで、長い両耳がふわふわと鼓動に合わせてうごいてしまった。
「……生きてる……」
「……」
何がだろう。マスコットが動いてるってことか……思わすそう考えたら、河野君は「大野、生きてるってことだよな?」と小声で確認してきた。
「え? え?」
「死んでないんだろ? お前が死んだって、嘘なんだろ?」
トラックに轢かれて死んだのだという。ほら、とカバンごと河野君が振り返り、道路を見ると人だかりができていた。
――ウソ……わたし、やっぱり死んでる?
「生きてるんだろ? お前はここにいるんだろ?」
守るようにマスコットを握りしめた河野君の指がふるえていて、わたしはそっちのほうばかり気を取られながら、アスファルトに倒れた制服姿の女の子を見ていた。
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