失恋したら同僚が夢中で慰めてくれました

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失恋したら同僚が夢中で慰めてくれました

 午後九時。  残業していた人のほとんどが帰宅して、オフィスはどの階も静まり返っている。  真っ暗な廊下の中、未だ煌々と明かりがついている部屋に戻る足取りは重い。  香澄は自販機で買ったコーヒーを片手にオフィスに戻ると、向かいの席に座る同僚の青山に声をかけた。 「青山、五◯二会議室は今行かない方がいいよ」 「なんで?」 「横田さんと由奈がヤッてる」 「…………嘘だろ?」  青山は信じられないという顔で言葉を失った。  業務中に性行為なんて規定違反だ。あれ、残業中だからいいのか? いやいやそんな訳ねぇ、会社でヤるなんてとんでもねぇ。  言いたいことが頭を駆け巡る青山に構うことなく、香澄は何食わぬ顔で仕事を再開した。  嘘だよと言わない様子から冗談じゃないと悟った青山は「AVかよ」と鼻で笑う。 「なんでヤッてるって気付いたんだ?」 「喘ぎ声」  気分転換がてらに、同じく残業しているはずの横田の様子を見に行ったのがまずかった。かすかに聞こえた甘く媚びる声に思わず足を止めた。  声が漏れるドアを少しだけ開けると、見覚えのある靴が見えた。いつだったか本人から聞いた、こだわりのブランドと色の革靴。  おしゃれですね、と笑う香澄に横田は得意げに笑っていた。 「聞き間違いじゃねぇの?」 「何をどう聞き間違えたら会社で喘ぎ声が聞こえるのよ」  香澄の言葉に青山はため息を吐いた。 「あーあ、何考えてんだか。こっちは仕事だってのに」 「いいなぁ。羨ましい」 「……は?」  会社にいることも忘れて、誰かに見られるかもしれない不安も忘れて行為に及ぶ。  香澄が誰かのことで周りの何もかもを忘れたことはもちろん、そこまで相手に求められたこともない。  青山は怪訝な顔で香澄を見た。 「お前何言ってんだよ……」 「別に。これさっさと終わらせて帰ろ」  世間は金曜日。  本当なら「彼」と食事に行く予定だったのに、由奈が夕方やらかしたミスの後始末に付き合わされている。  一緒に残業に付き合うことになった横田にも差し入れをしてくると言って、由奈が別の部屋に行ったきり戻ってこないと思ったらコレだ。他人のセックスを初めて見ることになるとは思ってもいなかった。  いいなぁ、あんなに風に押し倒されて。なりふり構わず求められて。  真っ暗な窓に映る自分を横目で見て、香澄はすぐに目を伏せた。  パッとしない、至って普通の容姿。清潔感には気を遣っているけれど決して人目を引くような魅力はない。  学生時代は読者モデルもやっていた由奈の顔を思い浮かべると、そりゃ男なら惚れるよなぁ、と悔しさも出てこない。  横田にとっても香澄との今夜の約束なんてそんなものだ。お互い残業が終わったら遅くなっても食事に行こう、と言われたけれどきっと忘れてる。  それよりも今は仕事を片付ける方が先だ。香澄は再びパソコンにむかい、無言でキーボードを叩きはじめた。 「もうアッチは終わったかな」  小一時間ほど過ぎ、香澄は腕を上げて身体を伸ばした。  今日できることは終わった。残りは来週に回してしまおう。そろそろ建物が閉まる時間だし、守衛も回ってくる。  さすがに二人にも声をかけない訳にはいかないな、と香澄が立ち上がると青山が答えた。 「……さっき帰ってた」 「わざわざ見てきたの?」 「タバコ吸うついでにな。……なぁ、ショックじゃないの?」  横田さんのこと、と青山は言外に聞く。 「別に? ショックじゃないよ」  机の上を片付けながら、香澄はケロリと笑った。  ショックなんかじゃない。むしろ「ほら、やっぱりね」とクイズが当たったような可笑しさがある。予想通りだ、こういう勘はあまり外さない。  香澄の笑顔に青山の眉間に皺が寄る。 「だってお前今日――」 「……青山はさ、場所とか時間とかそういうの気にならないくらい誰かに夢中になったことある?」 「まぁ……あるよ」 「ほんとに? いいなぁ」  視線を外して渋い声で答える青山に香澄は声を上げた。  どんな気持ちなんだろう。  理性が効かなくなるくらい頭の中が誰かでいっぱいになるなんて。  青山の恋に急に興味が湧いてくる。 「それ、大人になってから?」 「ああ」 「すごく好きだった?」 「……ああ」  香澄の突然のプライベートな質問にも関わらず青山は淡々と答えた。  意外だ。しょっちゅう色んな女の子から食事に誘われているし、断らないから青山は結構軽い男だと思っていた。  チャラ男でも人を真剣に好きになるんだ。ものすごい偏見だけど。 「今の彼女?」 「いや、その子と付き合ってない。ていうか彼女いねぇし」 「えぇー、そんなに好きなのに付き合ってないの? なんで?」 「……相手が俺のこと眼中になかったから」 「あー……そっか……」  それはごめん、と香澄は謝った。興味本位で聴きすぎてしまった。  青山は苦笑うと香澄に聞き返した。 「瀬田は? 誰かに夢中になったことないの?」 「ないよ」    香澄は即答した。  昔から香澄は、本当に好きだと思う人には選んでもらえない。告白しても断られたり、他の誰かと付き合ったり。  社会人になってからは気になる人にはすでに彼女がいたり、こうしていつの間にか他の誰かのものになっているのだ。  もうこんな展開には慣れっこだ。いちいち傷つきもしない。  青山は意外だな、と眉を上げてさらに聞く。 「でも彼氏がいたことはあるだろ?」 「あるけど……」  大学生の頃、告白された人と付き合ったことがある。  初めて誰かに選ばれて、嬉しくて、好きになろうと頑張ってみたけどどうしても気持ちを向けられなかった。  そんな相手とのセックスも虚しいだけだった。 「それなりに好きだったけど、夢中ではなかったよ。多分相手もね」  今思えば、相手も香澄がほしいのではなくて彼女がほしくて告白してきたのだろうと思う。若い頃にありがちな恋愛の真似事だった。  だからこそ頭の中がその人でいっぱいになるような恋をしてみたい。でもそんな相手は香澄を選ばない。  横田だってそうだ。ショックよりもやっぱりねという思いの方が強い。夢中になるとはほど遠い。こうして笑っていられるのだから。  少しだけ寂しい気持ちになっていると、青山がぽつりと呼んだ。 「……なぁ瀬田」 「何?」 「俺さ、実は振られたばっかなんだよ。その……夢中になるくらい好きだった子に」  告白しようと思ってたら他に好きな人がいるみたいでさ、と青山は笑った。  この男からそんな話をされるとは思わなかった。香澄はなんと声をかければいいのかわからないが、とりあえず明るくからかってみる。 「えーと……ドンマイ?」 「だからさ、ちょっとだけ慰めてくれない?」  人のセックス聞いてたら寂しくなっちゃった、と青山は笑って香澄に両手を広げた。  突然のお願いに香澄は驚きのあまり笑ってしまう。 「ちょっとやだ、どうしたの? 相手間違えてない?」 「間違えてない。瀬田、慰めてよ。……少しでいいから」  香澄は動揺を隠せない。慰めて、とは「どこまで」求められているのだろう。  青山をうかがい見ると、申し訳なさそうに悲しげな顔で笑っている。香澄はその顔に惹かれるように近づいた。  冗談も言えるし悪態もつける、そんな同僚が見たことのない顔で言う、聞いたことのない頼みを断るのはなんだか申し訳ないと思った。  青山は、目の前まで寄ってきた香澄の腕を掴むとすぐに抱き寄せた。ぎゅうっと込められる力に香澄の身体が動揺する。両手を握りしめて緊張に耐えた。  香澄の肩に顔を埋めながら、青山は声を漏らした。 「結構……好きだったんだよ」 「……うん」 「笑うと可愛いし」 「うん」 「顔見ただけで一日頑張れる」 「……うん」  入社したときから見てた。なんかいいな、という気持ちが少しずつ大きくなっていつも居場所を探してた。  今日いるかな、ちょっと喋れないかな。目が合ったら嬉しかった。 「彼氏はいないって言われたときは嬉しくてさ。俺にしなよって言いたかった」  彼女はずっといないよって笑ってくれた。  毎朝少しだけ早起きをして髪を巻いた。  いつからか仕事用の服を買うときは顔を思い浮かべるようになった。 「気がついたら夢中だった」  想うだけでいいと思いながら、どこかで自分を見てくれたらと願っていた。  どうせ選んでもらえないよと言い聞かせても、どうしても惹かれて目が追ってしまう。そしてやっぱり、彼は他の人を選んだ。  香澄は黙って青山の背中に手を回してそっと撫でた。なだめるように、慰めるように。わかるよ、私もだからと。  そうしてしばらく抱き合っていたものの、青山はいつまでたっても香澄を離さない。  気まずい空気に耐えかねて、香澄はためらいがちに訊ねた。   「ねぇ、ま……だ?」 「まだ」  香澄が終わらない抱擁に困惑し始めても、青山は抱きしめたままだ。  どうしよう、今誰かに見られたら。香澄の鼓動が伝わってしまったら。これ以上求められたら。だんだん不安が大きくなる。  もう帰ろうよと言いかけたとき、青山が香澄の耳に唇を寄せて囁いた。 「……いい?」  青山の手が香澄の身体を這う。  くるりと向きを変えて香澄を机に押しつけると、脚の間に膝を割り入れた。  チュッと首筋で音が鳴る。  え。うそ。待って。 「え、ま、待ってここで?」 「うん。ここで」 「待っ……んっ!」  青山は香澄の顎を掴むと唇を当ててついばんだ。何度もリップ音を立てて小さな唇に伺いを立てる。  ほら開けてよ、入れてよ、慰めてよ。  薄く開いた瞳が香澄を見下ろしていた。 「あお――」  まって、と口を開けるとスルリと舌を挿れられた。温かくて柔らかい舌が戸惑う舌を追いかける。  大きな手に掴まれて香澄は振りほどけない。少しでも離れようとすると、身体に巻きつく腕に力が入る。  どんどん深くなる口づけは、角度を変えては咥内を嬲った。  嗅ぎ慣れたタバコの残り香に青山を感じる。  荒くなる息づかいとは裏腹に、唇も舌もただ甘い刺激を繰り返す。背中から尾骨まで何度も震える。  ――あ。だめ。立ってられない。 「おい、雑魚すぎんだろ」 「まっ、だって……」  青山がゆっくりと唇を離すと、涙目になった香澄が息を乱していた。からかうように青山は笑う。  気がつけば香澄は胸元のシャツを握りしめて青山に縋っていた。腰に力が入らず今にも崩れ落ちそうだった。  だって、おかしい。こんなの、こんなキスは知らない。  両手で赤くなった顔を押さえ、必死で平常心に戻ろうとする香澄を見ながら、青山はやれやれとばかりに息を吐いた。 「やっぱ会社でこんなことするもんじゃねぇよ」  好きな女をこんな所で抱こうなんて、俺は到底思わない。  瀬田、羨ましいなんて言うなよ。場所を選ばないってのは遊びだからだよ。見られた所でどうでもいいから会社(こんなとこ)でおっ(ぱじ)められるんだ。  大事な女は大事に抱きたいってわかんないかなぁ。 「ほら立てよ、行くぞ」 「え? え?」  混乱する香澄にニヤリと笑うと、青山は香澄の鞄も持って部屋を出た。そのまま守衛室を通り抜け、裏口から会社を出る。  香澄は手を引かれるまま青山に歩いてついて行った。  行くぞって、どこに? と聞きたくても答えが怖くて聞けない。どうしよう、もしかして、やっぱりこのまま? ホテルなの?  無言で颯爽と歩く青山を見上げて、香澄は恐る恐る声を出す。 「ねぇ、どこいく……」 「……そんな顔したまま帰せない」  横目で一瞥すると青山はそれだけ言った。案の定、駅裏のホテルにそのまま連れ込まれた。  部屋に入った瞬間、壁際に閉じ込められた香澄はすぐに声を上げた。 「あおっ……!」  自分よりずっと大きくて熱い身体に押さえつけられ、首筋や耳朶を何度も食まれる。  焦るような息遣いに香澄の息もつられて上がる。 「あいつら腹立たねぇ? こっちの気も知らないでさ」 「んんっ――……!」 「見せつけられた側がどう思うかなんて何も考えちゃいねぇんだよ」 「あっ!」  苛立ちを発散するように、青山はスカートやブラウスの中で香澄の形を荒く確かめる。ショーツの縁に指先が入るとビクリと身体が跳ねた。 「……感じやすいんだな」  獲物を見つけたとばかりに青山の目が鈍く光ると、そのまま香澄の唇にかじりついた。 「ふっ、んぁっ……!」  さっきよりも長く深く、愛撫される。吐息と唾液の音が混ざる。火照った身体の奥から昇る熱で頭がくらくらする。  熱で蕩けた身体の奥から、じゅわりと滴るのを感じた。  膝の力が抜けかけたとき、太い腕が香澄を抱え上げた。青山はベッドまで運んで香澄をそっと下ろした。 「ごめん、ちょっと急すぎたな」 「……いいよ」 「……」 「好きにしていいよ……」  慰めてほしいんでしょ、と朦朧とした頭で香澄はつぶやいた。青山が告白もできずに振られて人肌が恋しいように、香澄もまた選んでもらえない寂しさを埋めてほしかった。  慰めてあげるよ。だから慰めてよ。  ぼうっと天井を見上げる香澄は、目尻が少しだけ濡れていた。  青山はゆっくりと覆いかぶさると、細い身体を優しく抱きしめる。濡れた目尻をチュッと舐めて、香澄の額を撫でながら囁いた。 「瀬田」 「なに……?」 「今だけでいいから、名前呼んでくれない?」 「……」 「お願い。名前、呼ばせてよ」  慰めてよ、と青山は重ねる。  香澄は不思議そうに青山を見た。そんなにお願いするほどのことなのだろうか。でも青山がそうしたいと言うなら別に構わない。 「……航太」 「ありがと……香澄」  航太の声で初めて呼ばれた名前に、胸の奥が痛くなった。  ああ、そうだね。呼んでもらいたかった、一番好きな人に。きっと航太もそうだろう。  慰め合おうよ。 「航太、抱きしめて」 「……うん」  シーツの間に手を入れて、航太は香澄をぎゅっと包んだ。  穏やかな口づけを頬や唇に繰り返しながら、香澄のブラウスのボタンを外していく。はだけた肌の感触を唇で確かめては、ときおり甘く吸いついた。  掠れるような香澄の声を聞きながら剥ぎ取る服は、思っていたよりも薄くて軽くて、服の下を想像した日を思い出した。  机はこんなに近いのに。毎日顔を合わせるのに。届きそうで届かない日々だった。  露わになる肌を眺めながら航太は口を開いた。 「……誰かに夢中になってもらったことがないんだっけ?」  香澄を脱がせた航太は、跨ったまま自分の服を脱ぎ始める。ネクタイを外し、シャツを放り投げながら香澄を見下ろして訊ねた。  真っ白な肌としなやかな身体に喉が鳴る。 「うん。ない」  夢中になったことも、と香澄はつけ加えた。ダウンライトの逆光が航太の身体を強調する。着痩せするタイプなのか意外なほどにがっしりと引き締まっていた。 「ははっ、じゃあ初体験だ」 「え?」  よかったね、と航太は微笑むと戸惑う香澄の唇を塞いだ。さすがに迎え入れ慣れた香澄はすぐに歯列を開いて舌を合わせる。  味わうように舌を絡める一方で、航太は香澄の指に自分を絡めて身体を押しつけた。  全身で触れられる肌の感触にぶわりと興奮が増す。  波のように勝手に揺れる身体が、口づけにも緩急をつける。押しては引いて、何度も繰り返して、吐息が荒く乱れていくとますます身体が熱くなる。 「はぁっ、はぁっ……」 「気持ちいい?」 「ん……」  航太を見る瞳はすっかり蕩けて潤んでいた。香澄の顔に満足すると、航太は肌を食みながら双丘へ口づけを移す。  柔らかくて、滑らかで、温かい。少し触るだけでふるふると揺れる肉塊に顔を埋めた。  ため息が出るほどの興奮と喜びで、航太から思わず感嘆の声が出た。 「あー……やばい」 「ごめんね、あんまり大きくなくて」 「そういう問題じゃないから」  どれだけ触りたいと思っていたことか、何度服の下を想像したか。  香澄は知らないだけだ。 「んっ」  ぱくりと口に含み、飴を舐めるようにそっと転がした。一方は乳輪の周りをくすぐりながら、指先で摘んだり擦ったり弾いて弄ぶ。  唾液にまみれた乳頭がいやらしくて、夢中で繰り返した。 「航っ……」  シーツを掴む指先が白くなる。些細な刺激が少しずつ積まれていく。  先端の刺激が身体の中心まで走るようになると、こちらも触ってほしいと腰まで震える。  無意識に太ももを擦り合わせて耐える身体が航太を煽った。 「かわい……」  航太は起き上がると、香澄の両足をそろえて押し上げた。脚の間に垣間見える淫裂はぬらぬらと濡れている。  ねじ込んで掻き乱したい本能で雄の猛りがますます張り詰める。肉棒から垂れる雄汁を擦りつけるように、香澄の脚の間に挟んで擬似挿入を楽しむ。  航太は香澄の痴態を眺めながら聞いた。 「ほんとはもう挿れてほしいんだろ?」 「っ……」 「だめ」  航太が動くたびに硬くなったクリトリスに甘い刺激が走った。蜜口からはますます淫汁が滴る。  滴る淫汁は肉竿を汚して雄汁と混ざる。  にちゃにちゃと挿入を思わせる音が部屋に響いて耳を犯した。 「航っ……た、もう……」  ほしい、挿れて、そのまま入ってきてよ。 「そんな顔されるといじめたくなるなぁ」  航太は膝を持って、濡れ切った花弁を開いた。とろとろに愛液が溢れる花口は少し触れただけでツッと糸を引く。  指ですくって花芽に塗りつけるとビクリと震える。もっともっと、と媚びるようにゆっくりと腰が揺れた。  中指をそっと挿れて、肉襞と香澄の反応を確かめながら太腿を舐める。 「あっ」 「ここ?」 「まっ、あ、んっ!」  ザラリ、と指の腹で快感を促すように何度も撫でる。慣れてきたところで二本に増やすと、奥から溢れた花蜜がますます指に絡みついた。  絶え間なく愛撫を繰り返しながら、航太はぽつりとつぶやいた。 「……俺ね、どうせ遊びでしょってよく言われんの」  ナカを刺激される一方で、片手で溢れた蜜を肉芽に塗りつけて指の腹でくるくると撫でられる。  じんじんとした痺れに香澄は必死で耐えた。 「そりゃヤリたいって言われたら断らないよ。恥かかせるのも申し訳ないし」  白い脚を何度も吸って、薄く色づく鬱血を舐める。いくつ痕をつけても少しも満たされない。 「遊びで誘ってきたくせに、どうせ遊びでしょってひどいと思わねぇ?」  ぐちゃぐちゃと音を立てて溢れる汁は航太の手のひらまで汚した。立ち昇る女の匂いが男の本能に火をつける。 「……どうでもいい女は寄ってくるのに、本当に好きな女は会社でヤるような男ばっかり見てるし」 「あ、やっ、だめっ……!」  航太の指が容赦なく攻め立てる。  快楽から逃げようとする腰を押さえ込み、腫れた蕾を吸い上げた。 「あぁっ!」  愉悦に耐えていた身体がふわりと軽くなった。頭が上手く回らない。  息が整ってきたところでようやく現実に引き戻された。身体を見下ろすと脚の間で航太はこちらを見て微笑んでいる。  なぜ同僚とこんなことをしているのだろう。ああ、そうか慰め合っているのか。  お互い落ち込んでいたはずなのに、今はもう忘れていた。忘れるくらい、夢中になっていた。 「航太……」  香澄も求めていいだろうか。  何もかも忘れるくらい、今だけ夢中に。 「……キスしたい」 「いいよ」  航太のキスは気持ちが良かった。もっとしてほしい。いいでしょう? と欲しがる視線に航太は目を細める。 「はっ、あ……んっ」  舌も脚も身体も指も、互いを貪るように絡み合わせた。  触っていないところがないくらい、手のひらが肌を伝う。息も忘れて焚きつけられた肉欲に夢中で従った。  手足を絡ませ、鼓動を感じながら睦み合う。  汗が滲んで息が上がってくると、ようやく航太は起き上がってヘッドボードの小袋を手に取った。 「ちょっと待ってて」  休憩な、と航太は笑う。手早く自身に着ける様子に香澄は思わず礼を言った。 「……ありがと」  言わなくても着けてくれるなんていい奴だ。いや当たり前といえば当たり前なんだけど。  香澄の言葉に「お礼を言われるようなことじゃないんだけどなぁ」とこぼしながら航太はニヤリと笑って言った。 「場所も忘れてヤる人は、着けるのも忘れるだろうけど」 「……」 「それに」  準備が終わった航太は香澄に覆い被さると、鼻先に触れながら囁いた。 「誰が来るかも見られるかもわかんない場所で好きな女を抱くなんて、俺は信じられないね」  航太は真剣な目で香澄を見つめた。そのまま形のいい額と自分を合わせて、目を閉じて懇願した。 「航――……」 「香澄、……慰めてよ。全部忘れるくらい」  忘れようよ、と耳元で囁くと航太は雁首を蜜口に当てがった。香澄の息がひゅっと止まる。 「っ……、あっ、んっ……」  ぬぷり、と吸い込まれるように剛直がゆっくり沈んでゆく。熱くて硬くて、指とは違う質量に高く声が震えた。  もうすでに気持ちがいい。長い前戯で麻痺した媚肉が、待ち侘びていた雄芯をきゅうきゅうと締め上げる。欲しいところまで入ると、やっと息ができた。 「はぁ、航っ……、いぃっ……」 「気持ちいい? よかった」  航太も頬を合わせながら息を吐いた。  更に一息はぁっと吐き、顔を上げて香澄に笑って言った。 「じゃ、全部挿れるわ」 「え? あっ――!」  ぐりっと最奥を突かれた香澄の声が飛んだ。がくがくと腰が痙攣する。  うそ、待って、聞いてない。 「ちょっ……香澄、そんな締めないで」  締まりのきつさに息を殺しながら、航太は淡々と抽送し始めた。  押し当てている訳ではないのに、軽く揺さぶられるだけで何度も香澄の視界に光が飛ぶ。 「ぅあっ、あ、あっ、あぁ、ゃあっ、あ」  壊れたおもちゃのように香澄から言葉が消えた。叩き込まれる愉悦は指先まで走る。  いつの間にか絡まる指に力を入れると、大きな手が握り返した。  頭の中が快楽でいっぱいになる。他のことが考えられない。 「はっ、はぁ、か、すみっ……」 「あっ、んっ、んぁ、やぁっ、あっ」 「かすみっ……」  息を乱しながら、何度も呼んだ。  香澄、香澄。肌に唇を当てたまま、呼んでは愛撫を繰り返す。  航太は夢中で柔肌に自分を刻んだ。香澄の一番奥を何度も抉った。  どうしても欲しかった。俺のことなんか少しも見てないことくらい知ってる。  男を見る目がない上に、慰めてよって言えば簡単に俺に捕まる。  馬鹿だろ、何考えてんだよ。他の男に同じことしたら絶対許さないからな。  夢中になってもらったことがない?   そうかよ、じゃあ思い知れよ。 「香澄っ……!」  訴えるような懇願するような、こっちを見てと呼ぶような声に目を開けると、切ない瞳と目が合った。  慰めてよと言われながら、香澄の方が慰められている。隙間なくぴったりと重なる肌が温かくて、涙が出るほど気持ちがいい。  激しいのに乱暴じゃないなんて初めてだ。 「こ、ぉたっ……」  何度も波を越えて声も出ない。飲まれないように必死で掴まる肩は汗ばんでいる。  ありがとう、こんなに大事に抱いてくれて。こんなに求めてくれて。いい奴だとは思ってたけど、ここまで優しいとは思っていなかった。  少しは慰められただろうか。香澄が満たされたように、航太も満たされればいい。  大丈夫だよ、きっと次の恋は上手くいくよ。航太が優しいのは私が保証するから。 ***  会社の玄関ホールには普段は誰も気にかけない掲示板が置いてある。その掲示板の前に朝から人だかりができていた。 「コレ、聞いた?」 「聞いた聞いた」 「そりゃバレるよねぇ」  何人この建物に出入りしてるかわかってないんじゃない? と女性社員は笑いながら掲示板の前から去って行く。  香澄は人気がなくなった頃、掲示された社内通知を見た。 ――懲戒処分の公表について――  当社内における不適切行為について以下のとおり処分を実施したことから公表する。  処分者の名前を見ても香澄は何も感じなかった。不思議なものだ。あんなにいつも見ていたのに。  由奈がいなくなった欠員の補充はまだ先だ。香澄はしばらく続く残業を覚悟した。  それは向かいの席の男も同じようで、やはりこの日も二人で遅くまで残ることになってしまった。  青山はこの話題を口にしない。「不適切行為」を見たはずなのに、その後のことも今日まで何もなかったかのような態度だ。  香澄は淡々と仕事をする青山の顔をうかがいながら口を開いた。 「……あの日、あたしたち以外にも誰かいたのかな」 「かもな」  青山はキーボードを叩きながら顔色一つ変えずに答える。香澄は事が露見した経緯を色々考えているようだが、青山は大体把握しているので驚きはしない。  あの日香澄が見たときは、それでもまだ理性が残ってたのだろう。俺が様子を見に行ったときはそりゃもう盛り上がってたけど。  とりあえず会社でこんなことをするのが初めてではないことだけはわかった。 『俺、今日瀬田さんと飯行く予定だったんだけど。したいならもっと早く言ってくんない?』 『やっ、あんっ、あ、だめっ、いっちゃっ……!』 『は? なに? イッちゃう? 行かないで? ちゃんと言えよほら』  ずいぶん楽しそうですね、先輩。だったら俺は正当な対処をさせてもらうさ。  ルール違反をしてるのはそっちだ。  盛り上がっていらっしゃる所を動画に撮り、言い逃れできない証拠は確保した。  あとはどのタイミングで誰に告発するかだけだったが、他の人間も前から薄々気づいていたらしい。  社内での不適切行為について何か知ってるか、と課長の方から聞かれたので洗いざらい喋ってやった。  にわかには信じられないと言う課長が、動画を見たときの顔を動画に撮りたいと思ってしまった。スミマセン。  その後は、サカッた二人の責任のなすりつけあいが課長の愚痴と共に聞こえてきたところで処分発表だ。大人げないし、ダサい。 「香澄、俺そろそろ終わるけどまだ残る?」 「んーん、もう帰る」  青山は二人きりのときは香澄と呼ぶようになった。少し恥ずかしい気もするけれど、あえてそこを指摘するのはもっと恥ずかしい。否が応でも思い出すから。  会社を出て駅まで歩く道すがら、青山がふと香澄に訊ねた。 「……まだ引きずってる?」 「さすがにあんなとこ見たら冷めるよ」  香澄は苦笑いしてしまう。横田のことが気になっていたのはバレているようだ。  香澄も同じように青山に聞き返す。 「青山は……由奈のこといいの?」 「は?」  青山の目尻がピクリと動く。不満そうな声に香澄が青山を見ると、顔をしかめて立ち止まっていた。 「え……青山の好きな人って由奈じゃないの?」  由奈はめちゃくちゃ可愛い。嫉妬なんてする気が起きないほど可愛い。同僚も上司も取引相手も、みんな由奈には甘いし優しくて好きになる。  自分たちはそれぞれに失恋したのではないのか。 「俺、ああいう女、嫌い」  ゆっくり、はっきりと青山は言った。  正直顔だけだろ、とため息をつく。的外れな質問に青山は少し考えると、にっこり笑って香澄にお願いした。 「香澄、慰めてよ。俺はまだ引きずってるし、冷めてない」 「え!?」  香澄は目を見開いて聞き返す。今なんて言った? 慰めてって……  一歩近づいた青山は香澄を見つめながら囁いた。 「まだ夢中なんだよ」  だから俺に夢中になってよ、香澄。 完
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