走れ強火

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ある日、雪取は、1時間に1本しかないバスと電車を乗り継ぎ、10キロ離れた老舗百貨店に赴いた。 雪取には恋人も、夏冬のボーナスも無い。預金残高もほぼ無い。2日後に開催される、アリーチェ×ルイザのみが集うオンリーイベント(小規模同人誌即売会)だけが、雪取の心を支えている。 雪取はアリ×ルイのオンリーにふさわしい自分であるために、ルソナルの新作アイカラーレーションを買いに、はるばる県境を越えて井勢丹にやって来たのだ。 買い物を終えると携帯端末を開いて、つぶやき系SNSに顔を出した。 雪取にはつぶやきSNSで懇意にしているFF(=相互フォローしている人)があった。甕外(かめがい)である。 甕外は絵師で、彼女が5分で描いたアリ×ルイ落書きまとめは、熱心な他カプが1年かけて描いたフルカラー48ページ漫画の、千倍のいいねが即ついた。「野性の公式」の名を冠する凄腕絵師である。 甕外もまた、雪取の知る限り、アリ×ルイオンリーへの参加を欠かしたことがなかった。 明後日は、待望のオンリーの日だ。 それに先立って、甕外が女女のクソデカ感情落書きをタイムラプス投稿してくれれば、オンリー参加者の士気は俄然高まることだろう。 甕外に時間が取れないか、訊ねてみるつもりだった。 甕外に送る依頼文の書き出しを考えながら、SNSのタイムラインを眺めているうち、雪取は界隈の様子の異変に気づいた。
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