母として、女として、妻として

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・異世界転生し、幼い王子様の母親に⁉現実世界では彼氏いない=年齢だった私は毎日てんやわんや!  そんな毎日にも、遂に一区切り。幼い王子様が成長し新国王に即位する戴冠式を一か月後に控え、肩の荷を下ろし気楽な気分になった私は次の人生に思いを馳せていた。辺境の土地を新しい国王陛下から頂戴してスローライフなんて、どうだろう? それとも魔獣の可愛らしい仔を育てるテイマーになろうかしら? でも子育ては、しばらくいいかなって気がするし……そうだ、何でも見通す魔法の水晶玉が宝物蔵にあったから、あれを借りて占い師をやってみようかな? 新国王を育てた義理の母がやっている占いの店なんて、最高じゃない! 銀座の母だと間違って来る客がいるかもしれないし。  そんなことを考えながら魔法の水晶玉に両手をかざしていたら、何か見えてきた。威風堂々とした若き新国王だ。それを見て私は、幼かった王子様が凛々しい青年になっていく日々を思い出し、懐かしさに涙した。毎日てんやわんやだったけれども、その苦労はもうすぐ、報われる……と感傷に浸っていた私の眼に、信じられない光景が映った。新国王の隣には、華やかな花嫁衣裳を身にまとった巨大な蛇が立っていたのだ。 「何これ?」  私は魔法の水晶玉に事情説明を求めた。魔法の水晶玉は私に言葉で説明する代わりに映像を見せた。何といっても水晶玉だ。まあ、それが妥当だろう。 ・戦で両親を亡くした少年は、ひょんなことから森に住む大蛇に育てられることになり......。  大蛇は、歩き始めたばかりの少年に言った。 「お前の両親は、この国の国王とお后様だったが、戦で亡くなった。私は二人と約束を交わしている。二人に万が一のことがあれば、忘れ形見であるお前を育てるように、と私は頼まれたのだ。蛇神の血を引く私ならば、お前の親を殺した者どもから、お前の身を守り、やがては国王の地位へ就かせてくれるだろうと期待して。私は、二人の願いをかなえることにした。その条件は一つ、お前が国王になった暁には、私を后とすること。そして私は、お前と契り、無数の蛇人間を産む。二人の仔である蛇人間たちは、やがて世界を支配する。滅び去った蛇神の王国が復活する日が訪れるのだ」  大蛇は森の中での子育ての傍ら、王都へ出かけては少年の両親である国王とお后様を殺害した敵を食べた。単なる復讐ではない。少年が王宮へ帰還するためには、そいつらの排除が必須なのだ。それに栄養補給のためでもある。子育てはスタミナ勝負なので。  国王夫婦を殺害し権力を奪取した敵勢力は、自分たちの仲間が次々と行方不明となり、恐慌状態に陥った。疑心暗鬼となり仲間割れが始まる。その一部が思い切った作戦に出た。森の中で大蛇に育てられていると噂されていた前国王の一人息子である王子を王宮へ招き入れ、その権威で他勢力を封じ込めようと企んだのだ。  そのメッセージを託された密使と森の中で会談した大蛇は、王子の身の安全を守るため魔法の力で召使いに変身できる毒蛇数百匹を王宮内に潜伏させること等の条件を呑ませることで、王子を人の世界へ帰還させた。やがて夫となる王子との別れを、それほど惜しみはしなかった。人間の子育てが面倒なことに気付き、王子を持て余していたのだ。  王子が王宮へ帰還するにあたり、大蛇は異世界から一人の女を召喚し、王子の義理の母親という法的な地位を与え、その世話係にした。元の世界では彼氏いない=年齢だった女は、大蛇の代わりに王子を立派に育て上げた。その役割を終えたら、自分が大蛇の餌となるとも知らずに……いや、それでも本望かもしれない。女の肉は栄養となり大蛇の卵に蓄えられる。それは、王子の仔となる卵なのだ。死んでも王子の役に立つというのなら、あの女は喜んで食われるだろう、と大蛇は水晶玉の中で語った。それから、舌なめずりをして付け加えた。 「ま、王子も食べるけどね。最終的には」  その水晶玉を眺めていた女の顔から、すべての表情が失われた。 ・満開になると願いが叶う代わりに、大事なものを一つ失う花を手に入れた女性。悲願のためにその花を育てることにしたが――。 『子供を育てる、草木を育てる、弟子を育てるなど、どんな風に変わっていくのか成長を見守れるのが育てることの楽しみ。 そんな「育てる」にまつわるあなたの妄想をお待ちしています!』  王宮に出入りする異国の商人から買った花の鉢植えには、そんな文章が書かれた包装紙に包まれていた。その紙を破り、私は鉢植えの花を見た。奇麗な花ではなかった。そこら辺に生えている雑草と、さして変わらない。その値段を聞いたら、皆が驚くだろう。王子の義理の母親という地位にあり、かなりの金額を自由にできる私でも、金の工面には手間取った。向こうの言い値で買ったせいでもある。何しろ急がねばならないのだ。王子の即位まで一か月を切っている。それまでに、この花を咲かせなければならない。  満開になると願いが叶う代わりに、大事なものを一つ失う。それが、この花だ。私の願いは一つ。大蛇の排除だ。亡くなった国王ご夫婦の依頼で王子を森に匿い敵から守ったことは感謝しよう。だが、王子と結婚し、そして最後には王子を食べるつもりなら、話は別だ。私は王子の本当の母ではない。育ての親、義理の母だ。でも、王子を愛する気持ちは、産みの母親に負けないつもりだ。王子に危害を与える物は許さない。母として絶対に、王子を守り抜く。その悲願のためなら、どんなに大切な物を失ったとしても、決して後悔しない。たとえ、この命であっても捧げる!  そんな覚悟が実り、花は咲いた。戴冠式の前夜だったから、ギリギリだった。これで大蛇が排除されたのかどうか……それは正直、分からない。だけど私は、できる限りのことをやった。母として、我が子のために、できる限りのことを。悔いはない。王子のためなら、たとえ死んでも、何の悔いもないのだ。  そんなことを考えながら花を見つけていた時、寝室のドアが開いた。王子が部屋に入って来て、言った。 「母上様、夜分遅くにすみません。母上様に、どうしても、お話しておかなければいけないことがあるのです」  王子は凛々しい顔に緊張の色を浮かべている。私は、どうしたのですか、と尋ねた。王子は唾を飲み込んだ。そして私に、あなたを愛しています、と言った。その意味が分からず、私はキョトンとした。幼い子供の頃から、王子は私を愛していると言っていた。今になって、わざわざ言う必要もないだろうに、と思ったからだ。私は微笑んだ。 「分かっています。私は、あなたの母親代わりですからね」 「違うんです!」  その強い口調に、私は息を呑んだ。王子は私に近づくと、私の体を抱いた。耳元で呟く。 「あなたを愛しているのです。母としてではなく、女として」  その言葉を耳にして、私の全身が硬直する。その背中を王子の手が強く抱きしめる。 「明日の戴冠式に、私の妻として出席して下さい。お願いです」 「そ、そんな……で、でも、大蛇は? あなたは大蛇と結婚するのでは?」 「何を言っているんです、私の花嫁は、あなたしかいません」 「大蛇との約束は……」 「そんなこと、私には関係ありません。大蛇なんて現れたら、切り刻んでやります!」  その夜、私は王子の母親ではなくなった。単なる女になった大のだ。事なものが一つ、永遠に失われてしまった。その代わり、王宮に侵入しようとしていた大蛇は警備兵に見つかり殺されたから、願いはかなえられた。  国民全体から祝福される戴冠式という晴れの舞台で育ての母親と結婚した新国王に、非難の声が浴びせられた。実の母親と結婚するというタブーを犯したため民意を失い殺された父王と同じだとも言われた。その情勢を見て、鳴りを潜めていた王家に対する反対勢力が動き出したという噂もある。  要するに皆、私の夫の敵ということだ。許さない。妻の私は、この命に代えても、私の愛する人を守り抜く。そのためなら、たとえ地上の全員が死に絶えても構わないの……いや、違う。私が育てた恋人が生き残ってくれたら、それでいい。
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