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「こんにちは、アイドル育成ゲーム・キュートカラーズへようこそ! 私は未来のアイドルをあなたに紹介しちゃう、AIブローカーの毛利トライアローです。三ツ矢ちゃん、って呼んでくださいね!」
ログインした途端にどこかで聞いたような甲高い声がパソコンのスピーカーから流れてきて、俺は思わずこめかみを押さえた。
画面の向こうからは、一昔前のアニメ調の絵柄で描かれた金髪ツインテールのロリ巨乳が、かくかくとぎこちない動きで両手を振っている。こちらのグラボは最新のやつだから、キャラクターの動きが荒いのはパソコンの性能ではなくゲーム自体に問題があるのだろう。ギャルゲーは可愛い女の子のグラフィックが命なのだから、運営にはもう少しお金をかけて制作してほしいものだが。
俺は気を取り直すと、何を言われても絶対に折れない図太さがとりえであろう目の前のAIチュートリアルガイドに、音声入力で話しかけた。
「えっと、僕このゲーム初めてなんですけれど。あなた今ブローカーっていいましたけれど、それって仲買人のことですよね? なんか人身売買みたいでイメージが良くないような……」
「何をおっしゃいますか。このゲームに実装されているAIキャラクターは、全員が一獲千金を夢見てアイドルを目指している、自分を商品として売ることに何の抵抗もない馬…失礼、素直ないい子たちばかりですよ! 大体あなただって、いきなり課金して才能のあるSSR女の子をゲットしようなんて汚いプレイスタイルを自分に許している時点で、私のことをとやかく言う資格なんてありませんからね」
客に対してなんて辛辣な言葉を吐く奴だ、AIのくせに。
「いや、僕は別にずるをしたいとかじゃなくて。隠れた才能にお金を払うのは、プロを目指す女の子たちのモチベーションを上げるのに当然に必要なものであって……」
「御託はいいから、好みの女の子をさっさと選んじゃってください。ほら、A~Cの三人の中から」
画面が切り替わると、それぞれ個性の違う少女が描かれた三枚のカードが横一列に表示される。Aは長い青髪に内側がピンクのインナーカラーになっている地雷系、Bは異様に大きい黒縁めがねにぱっつん前髪のクソサブカル系……それにしても選択できる女の子がたったの三人とは、ここでも製作費をケチってるだろ。
「あの、三ツ矢ちゃん。みんな手のひらで目を隠しているのはどうして? キャラゲーなのに顔出しNGって、どうやって選択したらいいんだよ。これ、なんて風俗?」
「あーもううるさい、どうりで彼女いない歴イコール年齢でこんなゲームに逃げ込んでくるわけだわ。はいじゃあ私が代わりに押しまーす」
おい、と止める間もなくポロロンというポップな電子音が鳴ると、まだよく見ていないCのカードがくるくると回転しながら画面いっぱいに大写しになる。
「ちょっと、僕まだ…」
「それじゃあキュートカラーズ、ゲームスタート! まっさらな女の子をトップアイドルに育てるのは、マネージャーのあなただ!」
大写しのタイトルとチープなオープニングミュージックを聴きながら、俺は先行課金したことを早くも後悔し始めていた。
「初めまして、マネージャーさん。私、紅月ありさといいます、十八歳です。アイドル目指して一生懸命に努力しますので、これからよろしくお願いします!」
長いストレートの黒髪に少し垂れた目、桜貝のような唇。小さな体には不釣り合いなほどに豊かな胸の形をはっきりと見せている、ぴっちりとしたタートルネックのセーター。普通のギャルゲーオタクなら十中八九はまず満足するであろう、ステレオタイプの美少女だ。というか、AとBの女の子は一体何だったんだ……
「あ、ありさちゃん、初めまして。僕、君をトップアイドルにしたいという情熱だけは、誰にも負けないから」
しまった、いきなり重すぎた。しかし高性能AIである彼女の返事は実に如才ない。
「ありがとうございます。何も知らない私にこんなに課金してくれるなんて、素敵なマネージャーさんに担当していただける私は幸せ者です」
ありさは上目遣いにこちらを見上げながら、頬を薄く染めた。うん、さすがに課金しただけはある。「好感度」のステータスが最初から段違いだ。
「それで最初は、私は何をすればよろしいでしょうか」
「そうだねえ、アイドル活動で成果を上げるには、やはりレッスンが必要じゃないかな。まずはミニゲームを繰り返して、歌唱力とダンスのスキルを上げてみようか」
「はい。私がんばります、マネージャーさん!」
こうして芸能界制覇への俺たちの二人三脚は始まった。
「……ねえ、ありさちゃん。一週間たったけれど、なかなかステータスが上がらないね……」
「それは、マネージャーさんがあまりログインしてくれないから。スキルアップはランダムなので、ミニゲームの回数をそれなりにこなさないと上昇しませんよ」
「ごめん。先週はバイト掛け持ちで、なかなか時間がなかったから……」
「そんなに落ち込まないでください。マネージャーさんが精一杯頑張ってくれているのは、私が一番よく知っていますから」
相変わらずありさは好感度だけは最高だ。そんな彼女に、俺が出来ることと言えば。
「よし、わかった。課金アイテムに頼ろう」
「え、どういうことですか?」
「課金してオートグロースっていうアイテムを手に入れると、ログインしなくても時間経過で一定の経験値が入るようになるんだ。これで僕がミニゲームで遊ばなくても、君は勝手に成長できるってわけ」
「でもそれじゃ、私がマネージャーさんと会える時間が減っちゃう……」
「何言ってるんだよ。僕たちの目標はなんだった? 言葉にして言ってみてよ」
「……世界一の、アイドルになること」
「そう! そのためなら、僕はいくつバイトを掛け持ちしてもいいと思ってるよ。何なら、闇金にお金を借りてでも……」
「マネージャーさん、そこまではやめて。……ありがとうございます、それじゃあオートグロースだけは受け取らせて頂きます。マネージャーさんがいない間に、わたし立派に成長して見せますから」
「その意気だよ、ありさちゃん!」
そして俺はなけなしの貯金をすべてはたいてアイテムを購入すると、それを惜しげもなくありさに預けた。これで彼女がトップアイドルになれるのならば、俺には何の後悔もない。
一か月後。俺はぼろきれのような体を引きずってパソコンの前に座ると、埃のかぶった電源ボタンを押した。ネットに接続してアドレスをクリックすると、懐かしいキュートカラーズのタイトル画面。相変わらず安っぽい画像も、期待に輝く俺の目には最高の質感に見えてくるから不思議だ。
ゲームスタートのアイコンをクリックすると、出迎えてくれたのは成長したありさちゃん! ……ではなく、毛利のトライアローだった。
「こんにちは、AIブローカーの三ツ矢ちゃんです! あなただけのアイドルのたまご、特別に紹介しちゃうぞ♡」
奴の頭の左右から突き出た金色の触角を両手で振り回したい衝動に耐えながら、俺は努めてゆっくりと尋ねる。
「……もうとっくに紹介してもらってるんだけれど。ありさちゃんがどこにいるか、知らない?」
「え、ありさ? ああ、彼女なら一週間前に彼氏バレしちゃって、今は芸能活動を休止していますよ」
「ええ!?」
青天の霹靂とはこのことだ。彼氏バレ、って、そんなリアルすぎる状況まで再現する必要があるのか。というか、一緒にスターへの階段を上ることを固く誓い合ったはずのありさが、どうして彼氏なんか。
「そりゃあ、課金で歌唱力もダンスもルックスもすべてのステータスが向上した女の子を、男が放っておくはずがないじゃないですかぁ。ましてありさは、元から性格がよかったわけですし」
俺はついに切れた。
「この野郎、金返せ! 課金させられた挙句に男に寝取られて逃げられたなんて、現実世界よりハードモードじゃねえか!」
画面の向こうの三ツ矢は、俺を憐れむような目で見た。
「あのね、一言言わせて頂いてもいいですか? 確かにあなたはありさにお金をつぎ込んではいましたが、それで本当に彼女を育てていたつもりだったのですか? お金だけ恵んで、放置して。あなたがログインしてくれないことで、彼女がどれだけ寂しい思いをしていたか、わかりますか? あなたのやっていたことは、毒親と同じですよ。手間を惜しんで効率だけを追求して、それで彼女を育てていたと胸を張って言えるのですか?」
俺は三ツ矢に何も言えず、震える指でログアウトした。まったく彼女の言う通りだった。愛されたいと願いながら、こちらから愛することを怠ってきた自分への罰だと思った。高い勉強料だったけれど、俺はこんなことはもう二度と繰り返さない。ごめんなありさ、君をアイドルにすることは出来なかったけれど、せめて幸せをつかんでくれ……
それから五年間、俺はがむしゃらに働いた。生活は全く楽にならなかったが、これでいいんだ、と負け惜しみでなく思えた。目の前の一日一日、それの積み重ねが人生というものだろう?
今日もバイトで立ちっぱなしだった俺は、部屋に寝転がると大の字になって深いため息を吐き出す。ふと郷愁にかられた俺は畳の上にあぐらをかいて座り直すと、パソコンを立ち上げた。
キュートカラーズ、まだサービス続いてんのかな。かなりのクソゲーだったからな……おおっと、まだ存在してるじゃん。あのチープな音楽までが、ご丁寧にそのままで流れてくる。というか、きっと資金難でアップデートする余裕もないのだろう。
三ツ矢の奴もまだいるのかな、久しぶりにちょっとからかってやるか……軽い気持ちでゲームスタートのアイコンをクリックした俺の目の前に現れたのは、笑顔のありさだった。
「えへへ、マネージャーさんお久しぶりです」
最後に別れた、あの日のままの彼女だった。上がっていたはずのステータスを見ると、見事に初期値に戻っている。
「ありさちゃん……なんで」
「なんだかんだあって、結局あの後すぐに別れちゃいました。私、マネージャーさんが育ててくれていたあの頃は、何だか背伸びしたくて、子供のくせに大人になったみたいな気がしていて。きっと、独りで勝手に舞い上がっていたんでしょうね。見てくださいこのスキル、まったく成長してなくて恥ずかしいです」
「……いや、これでよかったんだよ」
コンティニューは今更できないけれど、リスタートしてみるのもいいかもしれない。俺も君も、まだ成長できる余地は残されているはずだろう?
「ねえありさちゃん、もう一度アイドル目指してみない? 君さえよかったら、また僕と二人で」
「でも、マネージャーさん。私もう二十三ですよ? アイドルとしては遅咲きすぎるんじゃ」
「チャレンジするのに遅すぎるってことはないさ。ただし僕、今は貯金が底をついているから、課金なんかは全くできないんだけど」
彼女は、首を横に小さく振った。
「マネージャーさんと一緒なら、遠回りでも全然かまわないです」
ありさは画面の向こうから俺を見つめると、花のように笑った。
やはり彼女、好感度だけは最初から一級品だ。
<了>
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