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私の細い目と、アムンゼンの丸い、つぶらな瞳が、バチバチと睨みあっていた…
…コイツ、この矢田の視線を平然と受け止めるとは!…
私は、唸った…
心の底で、唸った…
が、
負けん!
いかに、相手が、アラブの至宝だろうと、負けん!…
負けんさ!…
私は、自分自身を叱咤激励した…
𠮟咤激励したのだ!…
すると、私の背後から、
「…お姉さん…もう、この辺で…」
と、言う声がした…
私は、背後を振り返った…
バニラだった…
「…もうこの辺で、止めてください…」
と、しおらしく言った…
それから、アムンゼンを振り返って、
「…どうか、殿下も、これ以上は…」
と、嘆願した…
アムンゼンに嘆願した…
すると、アムンゼンは、途端にあっけなく、
「…バニラさんに、そう言われたなら…」
と、言って、視線を外した…
この矢田から、視線を外した…
私は、内心、
…運のいいやつさ…
と、思った…
今、このバニラが、止めんかったら、あと、30分は、睨みあっていたに違いないさ…
私は、そう思った…
すると、アムンゼンも、また、
「…運のいいひとです…」
と、呟いた…
「…ボクを本気で、怒らせなくて、良かったです…実に、運のいいひとです…」
と、続けた…
私は、頭に来た…
こんな朝っぱらから、勝手に、ひとの家にやって来て、なんて、言い草だと、思ったのだ…
が、
相手は、アラブの至宝…
サウジアラビアの王族…
いわば、究極のお坊ちゃま…
だから、仕方がないかも、しれんかった…
この矢田とは、生まれも、育ちも違う…
だから、仕方が、ないのかも、しれんかった…
だから、許すことにした…
この矢田の寛大な心で、許すことにした…
人種も、国籍も、違う…
だから、作法も礼儀も違うかも、しれんからだ…
だから、許すことにした…
許すことにしたのだ…
この矢田トモコも、すでに35歳…
いつまでも、子供ではない…
立派な大人だ…
だから、許すことにしたのだ…
私が、そんなことを、考えている間に、3人とも、家に上がっていた…
なぜか、この家の人間である、この矢田だけが、玄関に取り残されていた…
いつのまにか、取り残されていた…
これは、ありえん…
ありえんことだった…
家主を置いてきぼりにして、客が、勝手に、この家に上がるとは…
許せん!
許せんかった!…
私も、急いで、3人の後を追って、家の中に、入った…
すると、今度は、アムンゼンが、家の中央で、腕を組んでいた…
腕を組んで、なにやら、考え込んでいた…
私は、
「…どうした? …なにを考え込んでいる?…」
と、聞いてやった…
すると、すかさず、
「…似合いません…」
と、抜かした…
アラブの至宝が、抜かした…
「…なにが、似合わないんだ?…」
「…この家のインテリアです…実に、ゴージャス…矢田さんには、似合いません…」
と、抜かした…
が、
私は、怒らんかった…
事実、その通りだったからだ…
「…いや、この家は、元々、お義父さんのものだったから…私は、葉尊と結婚したから、お義父さんに葉尊との新居として、譲ってもらっただけさ…だから、部屋のインテリアもなにも、そのままさ…」
と、告白した…
すると、それを、聞いたバニラが、
「…たしかに、お姉さんの言う通り…この部屋は、何度も訪れたことがあるけど、以前と、なにも変わってない…」
と、言った…
それを、聞いたアムンゼンが、
「…どうしてですか?…」
と、聞いた…
「…どうして、部屋を改装しないんですか?…」
と、聞いた…
「…別に理由は、ないさ…」
「…理由は、ない?…」
「…そうさ…私は、葉尊と結婚しただけさ…だから、お義父さんに、新居を用意してもらったから、ここに葉尊といっしょに、住んでいるだけさ…必要最低限のものは、実家から、持ってきて、そのまま、住んでいるだけさ…」
「…でも、矢田さんは、新婚でしょ? なにか、欲しいものとか、なかったんですか?…」
「…ないさ…」
「…ない?…」
「…別に、住めれば、問題ないさ…せっかく、お義父さんが、用意してくれたのさ…感謝するだけさ…」
「…でも、葉敬さんは、お金持ちでしょ? その息子の葉尊さんと、矢田さんは、結婚したんでしょ?…」
「…そうさ…」
「…だったら、矢田さんの要望で、インテリアを変えたいとか、なかったんですか?…」
「…ないさ…」
「…どうして、ないんですか?…」
「…お義父さんが、私と葉尊のために、用意してくれたのさ…それに、事前に、少しは、新婚用に、部屋を改装してくれたに違いないさ…それを、アレコレ、文句をつけるつもりは、ないさ…なにしろ、私は、一銭も、お金を出していないさ…だから、口を出す権利は、ないさ…」
私が、言うと、アムンゼンが、考え込んだ…
ジッと、腕を組んで、考え込んだ…
そして、
「…つくづく、矢田さんは、善人ですね…」
と、呟いた…
心底、感心したように、呟いた…
「…普通、誰もが、葉尊さんのようなお金持ちと結婚すれば、家も自分好みに改装しようとするものです…葉尊さんや、葉敬さんに、言えば、すぐにでも、矢田さん好みに、改装してくれるでしょ?…」
「…それは、そうかも、しれんが…」
「…でも、それを、しないのが、いかにも、矢田さんらしい…」
アムンゼンが、つくづく、感心したように、頷く…
腕を組んだまま、頷く…
「…でも、殿下、それが、お姉さんなの…」
と、バニラが、口を挟んだ…」
「…どういう意味ですか? バニラさん?…」
「…このお姉さんは、極力、他人に頼らないし、他人を利用しない…」
…なんだと?…
…この矢田が、他人を利用しないだと?…
私は、驚いて、見た…
バニラを見た…
やはり、このバニラは、バカなのか?
正真正銘のバカなのかと、思い、バニラを見た…
この矢田が、他人を利用しないはずが、ない(苦笑)…
いつだって、利用しようとしている…
が、
なぜか、知らんが、たまたま、うまくいかなかったときが、多いだけだったからだ…
それが、今、こんな発言を…
やはり、バニラは、バカなのか?
あらためて、思った…
思ったのだ…
「…って、言いたいところだけど、ただ、うまくいかないだけなのね…おまけに、度胸もない…だから、うまくいっても、他人を利用できない…それが、お姉さんなの…」
バニラが、笑って言った…
バニラが、笑って、この矢田のことを、評した…
私は、仰天した…
正鵠を射ているからだ…
だから、仰天した…
仰天したのだ…
そして、それを、聞いて、アラブの至宝が、腕を組んだまま、
「…やはり、そうですか? 誰もが、矢田さんを見る目は、同じですね…安心しました…」
と、腕を組んだまま、頷いた…
もっともだと、いうように、頷いた…
頷いたのだ…
私は、それを、見て、カチンと来た…
このアムンゼンにも、バニラにも、カチンと来た…
まるで、この矢田を肴に酒を飲んでいるかのように、まるで酒の肴のように、しているからだ…
まるで、政治家や芸能人のゴシップを肴に酒を飲んでいるかの、ようだったからだ…
だから、頭に来た…
頭に来たのだ…
だが、この怒りを、どこに、ぶちまけていいのか、わからんかった…
まさか、アムンゼンに向けるわけには、いかんし、バニラに向けるのは、簡単だが、娘のマリアのいる前で、バニラと争うことも、できなかった…
だから、仕方なく、耐えることにした…
ジッと、耐えることにした…
我慢することにした…
そうしようとしていると、バニラが、
「…お姉さん…まもなく、葉敬が、やって来るわ…早く、着替えないと…」
と、私に声をかけた…
「…いつまでも、パジャマのままでは…」
と、続けた…
私は、それを、聞いて、うっかりしていたことを、思い出した…
…そうだ!…
…これから、お義父さんが、やって来るんだ!…
…だから、さっさと、着替えねば、ならん!…
と、思い出した…
ホントは、さっき、お義父さんから、電話があって、すぐに、パジャマから、着替えるはずが、このバニラたちが、いきなり、やって来たから、中止になった…
それを、思い出した…
すると、
「…矢田ちゃんも、いつまでも、パジャマじゃ、ダメだよ…」
と、マリアが、ダメ出しした…
この矢田にダメ出しした…
私は、
「…なんだと!…」
と、言いたかったが、言わんかった…
まさか、まだ3歳のマリアに文句を言うことは、できんからだ…
だから、
「…わかったさ…マリアの言う通りさ…」
と、言って、別室に行って、着替えてくることにした…
いつものTシャツと、ジーンズの姿に着替えてくることにした…
そして、事実、すぐに、着替えてきた…
矢田トモコのいつもの姿に着替えてきた…
誰が、なんと言おうと、この姿が、一番しっくりとくる…
自分に一番馴染む姿だったからだ…
そして、いつもの姿になって、バニラたちの前に出ると、ちょうど、ベルが、鳴った…
ピンポンとベルが鳴った…
おそらく、葉敬がやって来た…
お義父さんが、到着した…
私は、そう、思った…
そう、思ったのだ…
<続く>
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