アラブの至宝 5

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私の細い目と、アムンゼンの丸い、つぶらな瞳が、バチバチと睨みあっていた…  …コイツ、この矢田の視線を平然と受け止めるとは!…  私は、唸った…  心の底で、唸った…  が、  負けん!  いかに、相手が、アラブの至宝だろうと、負けん!…  負けんさ!…  私は、自分自身を叱咤激励した…  𠮟咤激励したのだ!…  すると、私の背後から、  「…お姉さん…もう、この辺で…」  と、言う声がした…  私は、背後を振り返った…  バニラだった…  「…もうこの辺で、止めてください…」  と、しおらしく言った…  それから、アムンゼンを振り返って、  「…どうか、殿下も、これ以上は…」  と、嘆願した…  アムンゼンに嘆願した…  すると、アムンゼンは、途端にあっけなく、  「…バニラさんに、そう言われたなら…」  と、言って、視線を外した…  この矢田から、視線を外した…  私は、内心、  …運のいいやつさ…  と、思った…  今、このバニラが、止めんかったら、あと、30分は、睨みあっていたに違いないさ…  私は、そう思った…  すると、アムンゼンも、また、  「…運のいいひとです…」  と、呟いた…  「…ボクを本気で、怒らせなくて、良かったです…実に、運のいいひとです…」  と、続けた…  私は、頭に来た…  こんな朝っぱらから、勝手に、ひとの家にやって来て、なんて、言い草だと、思ったのだ…  が、  相手は、アラブの至宝…  サウジアラビアの王族…  いわば、究極のお坊ちゃま…  だから、仕方がないかも、しれんかった…  この矢田とは、生まれも、育ちも違う…  だから、仕方が、ないのかも、しれんかった…  だから、許すことにした…  この矢田の寛大な心で、許すことにした…  人種も、国籍も、違う…  だから、作法も礼儀も違うかも、しれんからだ…  だから、許すことにした…  許すことにしたのだ…  この矢田トモコも、すでに35歳…  いつまでも、子供ではない…  立派な大人だ…  だから、許すことにしたのだ…  私が、そんなことを、考えている間に、3人とも、家に上がっていた…  なぜか、この家の人間である、この矢田だけが、玄関に取り残されていた…  いつのまにか、取り残されていた…  これは、ありえん…  ありえんことだった…  家主を置いてきぼりにして、客が、勝手に、この家に上がるとは…  許せん!  許せんかった!…  私も、急いで、3人の後を追って、家の中に、入った…  すると、今度は、アムンゼンが、家の中央で、腕を組んでいた…  腕を組んで、なにやら、考え込んでいた…  私は、  「…どうした? …なにを考え込んでいる?…」  と、聞いてやった…  すると、すかさず、  「…似合いません…」  と、抜かした…  アラブの至宝が、抜かした…  「…なにが、似合わないんだ?…」  「…この家のインテリアです…実に、ゴージャス…矢田さんには、似合いません…」  と、抜かした…  が、  私は、怒らんかった…  事実、その通りだったからだ…  「…いや、この家は、元々、お義父さんのものだったから…私は、葉尊と結婚したから、お義父さんに葉尊との新居として、譲ってもらっただけさ…だから、部屋のインテリアもなにも、そのままさ…」  と、告白した…  すると、それを、聞いたバニラが、  「…たしかに、お姉さんの言う通り…この部屋は、何度も訪れたことがあるけど、以前と、なにも変わってない…」  と、言った…  それを、聞いたアムンゼンが、  「…どうしてですか?…」  と、聞いた…  「…どうして、部屋を改装しないんですか?…」  と、聞いた…  「…別に理由は、ないさ…」  「…理由は、ない?…」  「…そうさ…私は、葉尊と結婚しただけさ…だから、お義父さんに、新居を用意してもらったから、ここに葉尊といっしょに、住んでいるだけさ…必要最低限のものは、実家から、持ってきて、そのまま、住んでいるだけさ…」  「…でも、矢田さんは、新婚でしょ? なにか、欲しいものとか、なかったんですか?…」  「…ないさ…」  「…ない?…」  「…別に、住めれば、問題ないさ…せっかく、お義父さんが、用意してくれたのさ…感謝するだけさ…」  「…でも、葉敬さんは、お金持ちでしょ? その息子の葉尊さんと、矢田さんは、結婚したんでしょ?…」  「…そうさ…」  「…だったら、矢田さんの要望で、インテリアを変えたいとか、なかったんですか?…」  「…ないさ…」  「…どうして、ないんですか?…」  「…お義父さんが、私と葉尊のために、用意してくれたのさ…それに、事前に、少しは、新婚用に、部屋を改装してくれたに違いないさ…それを、アレコレ、文句をつけるつもりは、ないさ…なにしろ、私は、一銭も、お金を出していないさ…だから、口を出す権利は、ないさ…」  私が、言うと、アムンゼンが、考え込んだ…  ジッと、腕を組んで、考え込んだ…  そして、  「…つくづく、矢田さんは、善人ですね…」  と、呟いた…  心底、感心したように、呟いた…  「…普通、誰もが、葉尊さんのようなお金持ちと結婚すれば、家も自分好みに改装しようとするものです…葉尊さんや、葉敬さんに、言えば、すぐにでも、矢田さん好みに、改装してくれるでしょ?…」  「…それは、そうかも、しれんが…」  「…でも、それを、しないのが、いかにも、矢田さんらしい…」  アムンゼンが、つくづく、感心したように、頷く…  腕を組んだまま、頷く…  「…でも、殿下、それが、お姉さんなの…」  と、バニラが、口を挟んだ…」  「…どういう意味ですか? バニラさん?…」  「…このお姉さんは、極力、他人に頼らないし、他人を利用しない…」  …なんだと?…  …この矢田が、他人を利用しないだと?…  私は、驚いて、見た…  バニラを見た…  やはり、このバニラは、バカなのか?  正真正銘のバカなのかと、思い、バニラを見た…  この矢田が、他人を利用しないはずが、ない(苦笑)…  いつだって、利用しようとしている…  が、  なぜか、知らんが、たまたま、うまくいかなかったときが、多いだけだったからだ…  それが、今、こんな発言を…  やはり、バニラは、バカなのか?  あらためて、思った…  思ったのだ…  「…って、言いたいところだけど、ただ、うまくいかないだけなのね…おまけに、度胸もない…だから、うまくいっても、他人を利用できない…それが、お姉さんなの…」  バニラが、笑って言った…  バニラが、笑って、この矢田のことを、評した…  私は、仰天した…  正鵠を射ているからだ…  だから、仰天した…  仰天したのだ…  そして、それを、聞いて、アラブの至宝が、腕を組んだまま、  「…やはり、そうですか? 誰もが、矢田さんを見る目は、同じですね…安心しました…」  と、腕を組んだまま、頷いた…  もっともだと、いうように、頷いた…  頷いたのだ…  私は、それを、見て、カチンと来た…  このアムンゼンにも、バニラにも、カチンと来た…  まるで、この矢田を肴に酒を飲んでいるかのように、まるで酒の肴のように、しているからだ…  まるで、政治家や芸能人のゴシップを肴に酒を飲んでいるかの、ようだったからだ…  だから、頭に来た…  頭に来たのだ…  だが、この怒りを、どこに、ぶちまけていいのか、わからんかった…  まさか、アムンゼンに向けるわけには、いかんし、バニラに向けるのは、簡単だが、娘のマリアのいる前で、バニラと争うことも、できなかった…  だから、仕方なく、耐えることにした…  ジッと、耐えることにした…  我慢することにした…  そうしようとしていると、バニラが、  「…お姉さん…まもなく、葉敬が、やって来るわ…早く、着替えないと…」  と、私に声をかけた…  「…いつまでも、パジャマのままでは…」  と、続けた…  私は、それを、聞いて、うっかりしていたことを、思い出した…  …そうだ!…  …これから、お義父さんが、やって来るんだ!…  …だから、さっさと、着替えねば、ならん!…  と、思い出した…  ホントは、さっき、お義父さんから、電話があって、すぐに、パジャマから、着替えるはずが、このバニラたちが、いきなり、やって来たから、中止になった…  それを、思い出した…  すると、  「…矢田ちゃんも、いつまでも、パジャマじゃ、ダメだよ…」  と、マリアが、ダメ出しした…  この矢田にダメ出しした…  私は、  「…なんだと!…」  と、言いたかったが、言わんかった…  まさか、まだ3歳のマリアに文句を言うことは、できんからだ…  だから、  「…わかったさ…マリアの言う通りさ…」  と、言って、別室に行って、着替えてくることにした…  いつものTシャツと、ジーンズの姿に着替えてくることにした…  そして、事実、すぐに、着替えてきた…  矢田トモコのいつもの姿に着替えてきた…  誰が、なんと言おうと、この姿が、一番しっくりとくる…  自分に一番馴染む姿だったからだ…  そして、いつもの姿になって、バニラたちの前に出ると、ちょうど、ベルが、鳴った…  ピンポンとベルが鳴った…  おそらく、葉敬がやって来た…  お義父さんが、到着した…  私は、そう、思った…  そう、思ったのだ…                <続く>
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