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「うわっ……!」
足が絡んだ状態で、椅子を巻き込みながら派手に倒れ込んだ俺は、近くにあるものを薙ぎ倒してしまい、かなりの物音を立てた。その音に驚いた孝哉が、隣の部屋から慌ただしく走って駆けつけてくれた。
「隼人さんっ! どうしたの!?」
「あー、悪い。バカだから、松葉杖使い忘れてさあ……」
いい年して何をやってるのかと、自分に呆れながら顔を上げ、孝哉へ照れ笑いを向けた。その俺に、「気をつけてよ、リハビリ長くかかると、あとが大変でしょ?」と声をかけてくれた孝哉は、目が真っ赤になっていて、頬に幾筋もの涙の乾いた跡があった。
「お前……それ、どうしたんだ? 泣いてたのか?」
「あ、これ……うん、ちょっとね。あ、もう大丈夫だから。心配しないで。はい、松葉杖」
そう言って孝哉は、松葉杖を渡しながら、反対の腕で、床に倒れ込んだ俺を抱え上げた。ベッドや椅子から立ち上がるのはそう困ることは無いが、床に座り込んでしまうと、なかなか一人では立てない。
俺よりも小柄で細身の孝哉に、しがみつくようにして立ち上がった。
「おっも……、もう慌てないようにしてよ。これ結構腰が痛くなる……」
松葉杖を手にして立ち上がった俺を見て、孝哉は安心したように笑った。その、小首を傾げた拍子に、首にうっすらとあざができているのが見えた。
「孝哉、首どうしたんだ? 打ったのか?」
「え?……いてっ、あ、ほんとだ、打ってるみたい」
「なんだそれ。結構あざ大きいぞ。普通気づくだろ」
「うん……多分、これが出来た時のこと、覚えてないんだと思う。ちょっと過呼吸になったから……」
孝哉は、そう言って首のあざを抑えたまま、ぎゅっと目を瞑った。
「痛むのか?」と俺が声をかけると、その差し出した手をパシッと払い除けた。そして、「大丈夫、大丈夫だから」と小さな声で呟き始めた。
「おい、どうした?」
ぶつぶつ何かを呟いていたと思ったら、突然体がぐらりと揺れ始めた。まるで意識を失っているように、体がぐにゃりとコントロールを失っていく。
「孝哉!?」
倒れ込む孝哉を抱き止めた瞬間、思わず思い切り足をついてしまった。まだ治りきれていない状態で、人を抱えて思い切りついた足は、何かで刺されたかのように、鋭く痛みが走り抜けていった。
「いでっ!」
その痛みに俺もバランスを崩し、尻餅をつくように床へ落ちてしまった。その時、何かに思い切り手をついた。すると、ベッドサイドに置いてあるスピーカーから、大音量で音楽が流れ始めた。
「うわっ! え、なんかどんどん大きくなってる……あ! リモコン踏んでる!」
俺の手が弾き飛ばしたリモコンが、孝哉の足の下にまで飛んでいっていた。運悪く、その足はプラスボタンを押し続けているようで、どんどん音量を上げ続けていた。
まるでライブハウスの中にいるかのように、爆音が鳴り響く室内で、俺は自由に動く足を必死に動かしてリモコンを手元へと手繰り寄せた。
「くっそ、いってえ、腹が攣りそうだ……っし、これでなんとか……」
そうやって、どうにか手元で音量を下げ始めた時だった。
何度かマイナスボタンを押し、音量が下がるにつれ、俺の周りに柔らかい音の輪が見えたような気がした。その音の輪は、連動するような光のドームのようなものに包まれていた。
それはまるで、オーディオビジュアライザーのようで、かすかに聞こえる音に連動して、光が明滅しては形を変えていた。
「なんだこれ……共感覚か? 今までこんなの見たことがないのに、なんで……」
その元となっている声は、俺の胸の近くから生まれていた。透明感と丸みがあり、それでいて真が太い、不思議な音。それが、俺の体を揺らしていた。
「孝哉……? 歌ってるのか?」
それは、小さな、小さな声だった。蚊の鳴くような声とは、まさにこれのことだろうと思わせるような、小さな声だ。音量は小さい、それなのに、この爆音のロックの洪水の中でも、しっかりと聞こえる不思議な存在感がある。
その声に揺らされる俺は、以前孝哉が言っていた言葉を思い出した。
『足の裏から頭の先まで、体の中に金色の泡が駆け抜けていくみたいに』
きっと、これがそうなのだろう。その声に揺らされる体は、何かに労わられるように、じわじわと幸福感にくすぐられた。
——ヤバイ、なんだこれ。意識が飛びそうだ。
声が、体を包んでいく。体に溜まっていく高揚感が、じわじわと臨界点を迎えつつあった。それとともに、眠気が侵襲してくる。このまま眠れば、おそらくとても安らげるだろう。でも、孝哉が心配だった。
——どっか行ってしまったら、死んじまうかも知んねえからな。
俺は孝哉が逃げないように、隣に寝かせてきつく抱きしめた。そうして安心した瞬間、張り詰めていたものがぷつりと切れ、そのまま夢の世界へと落ちていった。
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