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「変なの」  孝哉は救急車の中でボソッと呟いた。 「本当だな。俺が呼ぶんじゃねえかなと思ってたけど。呼んでもらってるし、俺が乗ってる。いや、お前も乗ってるけど」 「何言ってんの。それよりさ、さっきから思ってたんだけど、痛くないの? 結構余裕で喋ってるよね」  付き添いとして同乗してくれていた孝哉は、だるそうに足を組んで俺を見下ろしていた。その綺麗な顔に張り付いていた死への執着は、いつの間にか剥がれ落ちて綺麗に消えていた。  死のうとしている顔しか知らなかった俺に、生きていく上での仮面をかぶって話しかけてくれている。横柄な態度とは裏腹に、視線は俺を気遣っていて、時折痛みに影響がなさそうな箇所を優しく摩ってくれていた。  俺にはそれが、自分がして欲しかったことなんじゃ無いかと思えて、鼻の奥に痛みを感じた。 「隼人さんさあ、もし入院になったらどうする? 今日は絶対帰れないだろうし……日中違う仕事してるんでしょう? 連絡とかは自分で出来るだろうけど、手続きとかさ……家族とか恋人とか、連絡する人いる?」 「あー、家族は遠いからいいや。恋人なし。いつからいねーかもわかんないくらいには、なし。俺、恋人といても楽器弾いてると集中しちゃって、つまんないからって振られるんだよ。いつもそう。だからもう、しばらくは一人でいいわと思って……って、おい。そんな憐れんだ目で見るなよ」  俺がそういうと、ふいっと顔を背けた。そして、長い髪で顔を隠したまま俺の足を摩る手が、さっきよりも優しさを増していく。  ただ、その優しさとは裏腹に、顔を背けたまま肩を揺らしているのが気になった。それはどう見ても、俺を憐れみながらもバカにして笑っている揺れ方だったからだ。 「おい! 今度は笑ってんのかよ!」  すると堪えきれなくなったのか、今度は天井を仰ぎ見て、あははと大きな声をあげて笑い始めた。運転席と助手席の救急隊員がギョッとしているのが目に見えるような、大きくて澄んだ響きの笑い声だった。  派手に骨の折れた患者と付き添い人が、救急車の中で大笑いをしている。それは異様な光景だろう。でも、柵の向こう側にいた孝哉を知っている身としては、むしろずっと笑っとけと言いたくなるほど、孝哉の笑顔は魅力的だった。 「悪かったな、独り身の寂しい老け見え男子だよ! ほっとけ!」 「あはは……あーごめん、ごめん。俺、こんなに笑ったの久しぶりかもしれない。まだ楽しいって思えるんだ、よかった」  涙を流すほど笑っていたその顔に、またうっすらと絶望の色が浮かび始める。それが進むとどうなるのかを知りたくなくて、俺は孝哉の手を握った。 「なあ、お前。あんなところにいたくらいだから、今やってることなんて全部どうでもいいだろ?」  孝哉は、さっきは振り解いた俺の手を、今は驚きながらも振り解こうとはせず、じっと見つめながら「うん、まあ。そうだね」と答えた。 「じゃあ、しばらく俺の生活の面倒見てくれないか? 面倒つっても、手が動くから大体のことは出来るから……掃除とか洗濯とか足を使うものだけ頼みたいんだけど」  すると、俺のその言葉に何か思うところがあったのか、突然摩っていた手がぴたりと止まった。 「孝哉? あ、嫌ならいいよ、ただほっとくとお前……」 「それ……一緒に暮らすことになるの?」  さっきよりも絶望の色を濃くした目で俺を見ながら、孝哉は言った。その言葉は、その表情と同じくらいに重く、もし触れることが出来たならすごくヒヤリとするんだろうと思えるくらいに血の通わない音をしていた。 「いや……通いでいいけど、全然。それより、何か気に障ったか? いや、普通ならこんなこと頼まないぞ。でも、お前ほっとくとどうなるか」
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