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夕食を終えたあと、テーブルに父、母、姉、そして彼が座っていた。二階に上がろうとしたところ、姉に『家族全員に話したいことがあるの。お兄ちゃんも一緒にいて』と阻止されたのだ。
いらいらしながら、姉の姿を見た。彼は昔から姉のことが大嫌いだった。姉は優秀だった。父も母も姉を持て囃し、彼と姉のことを比べてはことあるごとに彼に小言を言ったり馬鹿にしたのだ。
むろん、家族だけでもない。学校で、塾で、彼は姉と比べられた。
姉は勉強や運動ができるだけでは飽き足らず、生徒会副会長になってみたり留学もした。彼は、そんな姉のことが心底憎くてたまらなかった。彼は、姉がわざと目立って自分のことを辱めようとしているのだと思っていたし、大人になった今でもそう思っている。
「私、結婚することになったの」
姉が愛おしそうにそう言った。左手の薬指にはめられた指輪をそっとなでて。
驚き、祝福の言葉をかける両親の傍ら、彼は胃液が喉の奥からせりあがるようだった。
『私は女だから、生徒会長になれないの……』
かつて姉はそう言った。
『お父さんも、お母さんも、私に『女だから』そんなに勉強しなくていいって言うの。結婚すればいいって。ひどい女性差別でしょ? 実際男女の賃金格差は大きい。女は結婚しないと、一人じゃ生きてけない――これってひどすぎる。女は男の奴隷でも所有物でもないのに』
この発言は、姉が高校生のときだったか。彼氏がいるくせに、と彼は思った。俺は童貞なのに、こっちは結婚どころか彼女ができるかすら分からないのに……。姉の『自分こそが真の被害者だ』という態度が、ずっと気に入らなかった。
『だから、私は勉強して、なるべくいい大学に行って、お金の稼げる大企業に行きたい。医学部の入試で女だけ一律大幅減点されたり、同じ仕事で男女で給料が違ったり、女だけ昇格試験が受けられなかったりする会社もあるけど、それでも、諦めないで私ができることは全部やりたい』
その言葉を聞いたときは思わず殴ってしまった。『俺は成績がなかなか上がらなくて父にも母にも毎日毎日毎日怒られてるのに!!』父と母に押さえつけられながら、被害者はこっちだと何度も叫んだ。
やめてくれ。もう努力するのはやめてくれ……! そう何度願ったことか。
だから今、
「私、結婚することになったの。それで、夫の転勤が多いから仕事をやめることにしたの」
そう姉が言ったとき、吐き気がするとともに安堵したのだ。
ほら、女はイージーモードだ。結婚して専業主婦になれる。男と違って血反吐を吐きながら勉強しなくてもいい。過労死をしながら金を稼がなくてもいい。
「頑張って入った会社だし、ほんとはやめたくない……うぅ」
姉は涙を見せた。父と母はすっかりとだまされて、姉を可哀そうだと思っている。だが、この俺は騙せない。
見ろ! この女は自分の旦那を馬車馬のように働かせ、家でゴロゴロするだけでは飽き足らず、さも自分が虐げられた弱者のようにふるまうのだ!
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