ベルフェゴールの肉細工

9/10
前へ
/10ページ
次へ
 姉の息子の知人(さとし)が中学生になってすぐに、父が脳梗塞で倒れた。母は介護をし、姉は息子の学費と父の介護費のために働きはじめた。そして、 「おねがい、知人(さとし)。働いてほしいの』  母は、十二年ぶりに彼の名を呼んだ。 「はぁ? お、お、俺は発達障害だぞ!」  どもりながら、口をついた言葉はこれだった。彼は引きこもりすぎた。四十も半ばを過ぎてニートをしていることへの言い訳には、これしかなかった。 『お前らが悪いんだ。障碍者の俺を姉と比べて、貶めて心を折った。この毒親が。産んだ責任は、一生かけて俺を養うことによって償え』 「お父さんが大変なときに馬鹿なこと言わないで!」  取り乱す母に姉は、 「じゃあ、検査したらどう?」 「は?」  そして彼は、二十年ぶりに家の外に出ることになった。本当に久しぶりに車に乗ったので、においがきつかった。車を降りると母に連れられ、静まり返った、白い精神病院の廊下をスリッパでぺたぺたと歩いた。  知能検査みたいなものを受けて、面談をした。そして、結果は 『うーん、アスペルガー傾向はありますが、診断が下りるほどじゃないですね。鬱などの傾向もない。IQも低いですが、知的障害でもないですね。精神面は、いたって健康です』
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加