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5.母
満月の夜は、出産が始まることが多い。
今夜も、近所で二人産気付き、蓮之介の指示を受ける産婆の手を借りて夜に駆け出して行った。
紫野は紫野で、島田家の屋敷に伺い、産所に籠っていた。
梁からぶら下がる綱に捕まり、紀恵が唸る。
流石に夫は産所には入れぬが、姑が訳知り顔で見聞をしていた。
「いくら女人より美しいと申しても其方は男。間違いがあってはなりませぬ」
ぴくりと眉尻を上げつつも、紫野は紀恵の様子に注視していた。
「姑様、紀恵様に水を」
「無礼な。どこの世界に姑に水を持って来させる嫁が……」
「だったら出て行きなさい、お産の邪魔っ!! 」
「ぶ、無礼な!! 中条流ではお産の合間は飲み食いは厳禁、体を横たえるなどもってのほか……」
「ああもうっ、誰か、つまみ出してっ!! 」
お産の時は、紫野も殺気立ち、事を分けて説明する余裕がない。
すると、襖が開いて勇之助が水差しを手に入ってきた。
「あ、あなた、不浄です……」
「紀恵様、命は血の中から生まれ、繋がります。決して不浄ではありませぬ。勇之助様を父親にして差し上げて」
さぁ、と促され、勇之助が震える手で水を紀恵に飲ませた。
「痛みの波の合間、体力が落ちぬように紀恵殿に何か食べ物を」
「に、握り飯を用意させ……用意します」
紫野は柔らかく笑って頷き、勇之助に託した。
「さぁ紀恵様、少し横になって、今のうちに呼吸を整えて」
明けの星が輝く頃、島田家に待望の赤子が生まれたのであった。
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