エピローグ

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 朋美は追加料金を支払い、一部屋余っていた空室を借りた。拓海がいる部屋では眠りたくなかったのだ。  これまでずっと眠りが浅かったこともあり、夢も見ずにぐっすりだった。  気を失っていた拓海は、翌朝目を覚ました。  乱暴な足音をあちこちに響かせ、息巻いてダイニングルームに怒鳴り込んでくる。 「ここにいたか……! 朋美だ、朋美に殴られたんだ! 警察を呼んでくれ!」  白木夫妻による自慢の朝食を堪能していた宿泊客たちは、そろって冷ややかな目を向けた。  朋美はふいっと視線を手元に戻すと、無表情でパンをちぎった。 「頼まれなくても、警察ならもうすぐ来るわよ。トンネルの冠水も引いたみたいだし」 「……? 冠水? なんだそれ」  ポカンとしている拓海に、倉本が能面のような表情で首を振る。 「拓海さん。俺、全部話したんすよ。もうあんたが何言ったって無駄です。あれから全員で、あんたがつまずいたカーペットの跡を確認したし、テーブルについてる血も見ました。警察もただの間抜けな事故だって分かるでしょ。救急車も呼んであるので、一応検査とかしといたら?」  ちなみに、灰皿は白木がロビーの元の場所へ戻した。  朋美が灰皿で拓海を襲ったという証拠はもうどこにもない。  そもそも、真実何もしていないのだから、証拠もなにもないのだけれど。 「く、倉……木、おまえ!」  顔を真っ赤にして怒りに震える拓海は、いっそ滑稽だった。 「倉本です。バスケ部の後輩で、飲み友達でもある俺の名前、忘れました? そうそう、一緒にオランダで暮らそうって誘われたっけ」  倉本が嫌味を込めて突き放すと、拓海はカッとなった。  倉本に向かって口を開きかけたが、田中がすかさず割り込んだ。 「拓海くん、お金、いつ返してくれるの?」 「えっ、なに、……。……瑞希⁉︎」    田中の存在に気づいてギョッとする拓海に、今度は朋美が畳みかける。 「拓海、そうとうヤバそうなところからもお金借りてんでしょ? おばさんたちに迷惑かけるのだけはやめてよね」 「な、なんでそれを……!」  脳がキャパオーバーなのか、拓海の顔は土気色だった。    そこで、パトカーと救急車のサイレンが同時に聞こえてきた。  性懲りもなく拓海は「朋美に殴られた」の一点張りだったが、倉本が自分たちの自作自演だったと自供した。  しかも、拓海の頭の傷は自分で勝手に転んだだけなのだから、警察も呆れ顔だ。  狂言の内容が内容だけに、取り調べを受けることになり、倉本はパトカーで連行されて行った。  拓海は脳震盪を起こしていたので、一応病院で検査を受け、問題がなければ連行される流れだ。しつこく喚き散らしていたが、救急隊員によって捕縛され、救急車で運ばれていく。  田中はといえば、もう一泊するらしい。もともとその予定で予約していたそうだ。  彼女とは、もう二度と会うことはないだろう。  けれども彼女との間には、確かに奇妙な絆が生まれていた。  来た時と同じように、白木は朋美と谷口たちを駅まで送ってくれた。  何度でも謝りたい気持ちで謝罪とお礼を言うと、白木は「もう充分いただきました」と朗らかに笑った。  車を降り、朋美たちが改札を抜けるまで見送ってくれている。  朋美と谷口は笑顔を手を振り、涼元は軽く頭を下げた。  列車の時刻は5分後。  ここでお別れなのだと思うと、痛切な切なさを感じた。 「谷口さん、涼元くんも。よかったら今度ご飯でも食べに行かない? こんな年上とで悪いんだけど」  彼らの旅行を台無しにさせておいて、どの面下げてなのだと、自分でも分かっている。  けれども、何も言わずにお別れしたら、絶対に後悔する。旅の恥はかき捨てである。  谷口は目を丸くしたが、嬉しそうに顔を輝かせた。 「え……っ、嬉しいです。わたしも、ここでお別れなのは寂しいと思ってました。こちらこそ、よろしくお願いします」  勇気を出してよかったとホッとする。  嬉々として連絡先を交換した。  互いに都内なので、会うのは容易そうだ。若い子が好みそうなお店を探しておこう。お詫びに何でもご馳走するつもりだ。  やがてアナウンスとともに、列車がホームに滑り込んできた。かわいくも頼もしいカップルと笑顔で別れ、朋美は自分の座席に向かう。  バッグを荷物棚に乗せ、窓際に座った。  隣は予定通り、誰もいない。拓海の席。  無事にひとりで帰途につくまでが、朋美の計画だった。  計画通りでも、過程は全然違う。  拓海は生きているが、朋美の中では死んだ。  今思えば、朋美も仕事にかまけて、拓海と向き合えていない時期があった。だからといって拓海のしたことは許せないけれど、彼だけが悪いわけではないのかもしれない。  ……でも、もう過ぎたことだ。 (これから、どうしようかな)  キャリアアップを目指しつつ、婚活も視野に入れよう。新しい自分だからこそ、できることがたくさんある。  列車が緩やかに発車する。  朋美は晴々とした気持ちで、車窓から景色を眺めた。   (了)  

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